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「突然のご訪問、申し訳御座いません」
目の前にいる人物は形南でも学校の友人でもない。形南の忠実な執事である兜悟朗だった。
「え、執事さん……?」
「あら、嶺歌も知っている方なのね? じゃあごゆっくり」
そう言って母はそのまま居間の奥へと戻っていく。残された嶺歌と兜悟朗はそのまま向き合う形で互いを見ると兜悟朗はいつものように柔らかい笑みをこぼしてきた。
正直、彼と二人きりというのは少し居心地が悪かった。いや、気まずいというべきであろうか。前回会った際に、形南に兜悟朗と恋仲になれと言われた事がまだ嶺歌の脳内に残っていたからだ。
兜悟朗の事をそういう目で見ている訳ではなかったが、やはり簡単に無に戻るという器用な事は嶺歌には出来ずにいた。対して兜悟朗は気まずい思いの嶺歌とは正反対にこちらに向けて言葉を発してきた。
「和泉様。ご無沙汰しております。恐れ入りますが少々お時間頂けないでしょうか」
「ええっと……」
「試験勉強でお時間が難しければ出直させていただきます」
「あっいや! それは大丈夫です!」
丁寧にお辞儀をして立ち去りそうな雰囲気の彼に慌てて言葉を返すとその言葉に兜悟朗は再び「有難う御座います」と律儀なお辞儀をしてくる。本当に、何から何まで丁寧な人だ。そう思いながら嶺歌は自分の部屋にあげようと廊下の奥を指差した。
「じゃあよければあたしの部屋にどうぞ」
しかし兜悟朗はその言葉に頷かずこんな言葉を切り出してくる。
「大変恐縮で御座いますが、差し支えなければ屋外でお話をさせて頂いても宜しいでしょうか」
「あ、はい。直ぐ支度してきます!」
「有難う御座います。ご支度はどうぞごゆっくりなさって下さい。私は下のフロアでお待ちしております」
そう言うと引き止めようとする嶺歌に会釈だけを残して彼は去っていった。嶺歌はそこで初めて彼の意図を理解する。
(そっか、あたしと密室で二人きりになるのを避けたんだ)
兜悟朗は恐らく女である嶺歌と狭い密室で二人きりになる事を気にしたのだろう。彼の気遣いを感じ、改めて兜悟朗がいかに紳士的な男性であるかを思い知る。
せめて玄関で待っていてもらうのが礼儀だと思っていたのだが、それすらも彼にとっては許せなかったのかもしれない。嶺歌はすぐに支度を始め、待たせている兜悟朗の元へと急いだ。
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