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自宅の玄関を出てエレベーターで一階まで降りるとそう広くはないエントランスで兜悟朗は待っていた。
兜悟朗は嶺歌に気付くと直ぐに腰を曲げ、柔らかな一礼をしてくる。嶺歌もつられて小さく会釈を返すと兜悟朗は嶺歌の住むマンションの目の前にある喫茶店を手の平で差しながら言葉を発した。
「宜しければあちらの喫茶店で。全て私が持ちます故ご心配には及びません」
「じゃあそれで……ありがとうございます」
嶺歌は彼の提案を呑み、そのまま二人で喫茶店へと足を運んだ。近場の店ではあるが、この店に入ったことは数える程しかない。
嶺歌は新鮮な店の雰囲気を感じながら兜悟朗と向かい合う形でソファの席へと腰を下ろした。嶺歌が椅子に着くのを確認してから兜悟朗も席に腰を掛けるとそのまま言葉を口にする。
「まずはご連絡も無しにこのようにお伺いしました事、お許し下さい」
彼はそう言ってもう一度頭を下げた。これはお辞儀というよりは謝罪に分類される頭の下げ方である。嶺歌はその様子に慌てて「いえ全然大丈夫なので! 顔を上げてください」と言葉を放った。
兜悟朗は顔を上げ柔らかな声色で丁寧に礼を告げると申し訳なさそうにこう言葉を口に出す。
「今回私がお伺いしております事を形南お嬢様はご存知ありません。大変恐れ多いのですが、今回の件は内密にお願いしたく思います」
どうやら兜悟朗は私用で嶺歌を訪ねたようだ。嶺歌は不思議に思うものの、形南に関する事なのだろうと察し、特に理由は聞かず頭を頷かせる。
兜悟朗は再び丁重に礼を告げるととある話題を切り出してきた。それは最近嶺歌に起こった出来事に関してであった。
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