第七話『忠実な執事』

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 推測という事だろうか。調べたにしてもそれはあまりにも不可思議なものだ。人間の心をそう簡単に読み取れるなど、まるでエスパーではないか。  嶺歌(れか)は不思議な感情を抱きながらもしかしそれを不快には思わなかった。何故かは分からないが、ただただ彼の洞察力に感服した。一流の執事である彼に感心する嶺歌を前にして兜悟朗は再び口を開き始めた。 「お嬢様は平尾様とのご連絡で和泉様とご友人になられた事をお知りになられました。その際のお嬢様はとても嬉しそうで、大変喜んでおられたのです。(わたくし)はあの方に仕える従者として形南お嬢様の笑顔を守りたく思います」  兜悟朗が嘘をついているとは思えない。彼の人柄もまだ信用し切るには時間が足りていなかったが、彼の形南(あれな)に対する忠誠心だけは本物であると疑いようのない確信が既に生まれていた。  それゆえ彼が敬愛してやまない形南の性格を、侮辱とも取れる偽りの言葉で他者へ口外するとは思えなかったのだ。  嶺歌は形南の事を考えた。彼女がお人好しなお嬢様である事は分かっていたが、今回の話を聞くとその印象は更に増していた。お人好しというより、友人思いと言うべきだろうか。  自分に出来るだろうか。例えば嶺歌には今心から好きな人がいたとして、その相手と自分の友人を仲良くさせる。それを想像するとその先に自身がどのような感情に苛まれるのかは、恋愛を経験していなくとも予想ができた。 (あれなも可能性がある事はわかってるんだ。それでも……)  そうだとしても彼女が望むのならこれ以上悩む必要はないと、そう感じた。嶺歌は顔を上げて未だに柔らかな姿勢でこちらに向き合う兜悟朗に言葉を告げる。 「あれなの気持ちはよくわかりました。あの子がいいって言うなら……あたしも今後は気にするのを止めます」  勿論平尾と意図的に接触を図ったり、気を持たせそうな言動をしないよう一層注意する腹積りだ。  だが形南が友人として仲良くしてほしいと願うのなら、それで彼女が喜ぶのなら平尾との友人関係を肯定的に捉えたい。そう思うように考え方が変わり始めていた。 「有難う御座います。お嬢様も喜ばれます」  兜悟朗は心から微笑んでいるのであろう穏やかな笑みを嶺歌に向け、突然立ち上がったかと思えば胸元に手を添え一礼した。  嶺歌は彼の丁重な感謝の印に驚き戸惑いながらも、口を挟む事はせずそれを受け入れる。この感謝を否定することだけはしたくない。そう思ったのだ。
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