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形南の自宅に訪問するのに流石に手ぶらでというのは気が進まなかった。そのためいくつか候補を考えたのだが、大してお金もない嶺歌に買える中途半端な菓子折りを渡すより自身で心を込めて作った手作り菓子の方が喜ばれるのではないかと思ったのだ。
しかしよくよく考えれば財閥のお嬢様に手作り菓子なんて、無礼にも程があるだろうか。嶺歌はその事に今更気付き、気持ちが焦り始めるのを実感していた。
だがそんな考えは杞憂で、形南は心底嬉しそうに顔を綻ばせると自身の両手を頬に当てながら感激した様子で言葉を放ってきた。
「まあまあ!!! 嶺歌の手作りですのっ!? いいのかしら、とっても嬉しいですわ!」
形南はそう言うと再び「嶺歌の手作りだなんて最高ですの!」と同じような言葉を口にする。正直そこまで喜ばれるとは夢にも思わず、嶺歌は嬉しさが底から込み上げてくる。
「手作りに問題あるのは見ず知らずのお方からのプレゼントのみですの。貴女は私の大切なお友達。喜ばない理由はなくてよ」
「そっか、安心した〜! あれなの好み分からなかったから一般的に好まれる味にしてみたよ」
形南の言葉に安心し、嶺歌は中に入っているクッキーの説明を始める。形南は楽しそうにこちらの説明に耳を傾けながら頬を僅かに上気させ、ラッピングを優しく開けていく。
彼女が幸福そうにお菓子を眺める様子に気持ちを高鳴らせながら、しかしそこで部屋の隅で形南を見守る兜悟朗の姿が目に映った。彼はいつものように柔らかい表情をしてはいたものの、どこか険しい顔つきをしているようなそんな違和感を覚えた。
それを目にした嶺歌はある事が瞬時に頭に思い浮かぶ。
(そりゃあそうだ……)
そして嶺歌はすぐさま、お菓子を食べようとしている形南に「まだ食べないで!」と声を発した。驚いた様子の形南は口元付近に持ってきていたクッキーをその場で止め、そうして直ぐに「どうかなさったの?」と眉根を下げお預けを食らったような表情を見せてくる。
「ごめん、あれな。あたしが先に食べていい?」
「?」
「和泉様……」
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