28人が本棚に入れています
本棚に追加
『嶺歌、聞きましたのよ。先日は兜悟朗がごめんなさいですの。ご不快な気分にはなっていなくて?』
放課後、唐突な形南からの着信で複数の友達と出かけていた嶺歌はその場で彼女らに断りを入れてから形南の電話に出ていた。形南は昨日の出来事を兜悟朗本人から聞いたようだった。
(兜悟朗さん、あれなに報告したんだ。菓子折りも貰っちゃったんだし言わなくても全然良かったのに)
主人である形南に報告をすればお咎めを受ける事になるであろう先日の出来事を兜悟朗は生真面目にも告げたのだ。律儀な方だと思う。嶺歌は沈黙を与えないようにすぐに言葉を発する。
「うん全然。朝、菓子折りまで持ってきてくれたし気にしてないよ。兜悟朗さんに伝えておいてくれる? もう昨日の事は忘れて下さいって」
嶺歌は思った事をそのまま電話の相手に伝えると、形南は安心したような声色でありがとうですのと言葉を返した。自分の執事の失態に罪悪感を抱いていたようだが、前回の件は事故だ。それに嶺歌自身も決して不快な思いは抱かなかった。
(あまりにも紳士だったから……)
嶺歌に向ける彼の行動全てに気遣いを感じられたのが安心できる要因だった。彼を責める気も償ってもらう気も全くない。
「そうだ。平尾君の件も聞いたんだよね? 良かったね!」
嶺歌はせっかくの機会なので素直な感想を告げる事にした。平尾が女の子からの告白を断った件は、形南にとって朗報だろう。
すると予想通り形南の嬉しそうな声が電話口から聞こえてくる。
『ええ、ええ。本当に嬉しかったのですの! 嶺歌に近々会ってお話ししたいわ』
「うん、週末は空いてるから詳しい予定分かったらレインしてよ」
形南は休日も稽古が入っているようで、丸一日をのんびりと過ごせる時間は早々ないようだ。嶺歌と初めて出かけた日も彼女は早朝から稽古をしていたと言っていた。平日は学校があるというのに休日も時間に縛られるというのは、大変な生活であろう。
しかし形南は一度も小言を嶺歌に漏らしたことがなかった。そんな形南の姿勢は友人として尊敬できる魅力の一つだと心から思う。
形南が分かりましたのと返事をしてから嶺歌もまたねと告げて電話を切る。長話をしたいところでもあるが、今は友達を長く待たせる訳にはいかない。嶺歌はスマホをリュックにしまい、盛り上がっている友人達の会話に再び参加した。
第十話『告白とライバル』終
next→第十一話
最初のコメントを投稿しよう!