第十一話『予兆』

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「門の外に見せたいものってどんなの?」  嶺歌(れか)は思考を働かせるものの、形南(あれな)が何を見せようとしているのか全く見当がつかなかった。門の外に目ぼしいものが見当たらないからだ。綺麗に整備された花壇はあるが、それは以前訪問した際に形南に直接紹介されていた。  頭に疑問符を浮かべたままの嶺歌を前にして形南はそれを楽しむような笑みを向けると門を支える大きな柱を手の平で指し示す。  形南が示す先には『高円寺院(こうえんじのいん)』と写し出された貫禄のある銀色の表札があった。 「かっこいい表札だけど、見せたいものってこれの事?」  率直に尋ねると形南は誇らしげに二度頷き、そうですのと言葉を発する。確かに立派な財閥に相応しい表札ではあるが、嶺歌にはそれを見せようと思う形南の思考が分からず頭を悩ませる。  そう思う理由は、形南が高級な物品を自ら積極的に見せてくる事が今までになかったからだ。形南は自身の裕福さを自慢するような女の子ではない。それはこの短い期間でも断言できる程に日々彼女との時間を過ごす中で感じ取っていた事だったのだ。  だというのに今の彼女の行動はどう見ても第三者に対して見せびらかしているような、そんな態度である。  嶺歌はこれまでの形南との様子の違いに戸惑っていると彼女は耳を疑う言葉を口にした。形南はいつにも増して口元に手を当てながらふふふと笑いを抑えられない様子だ。 「実は実はこちらの表札、平尾様に選んでいただいたのですの!!!」 「…………え?」 「うふふですのうふふ……ああもう、顔の緩みが止まりませんわ! もう! 兜悟朗(とうごろう)はまだかしら!」  呆気に取られる嶺歌を他所に一人で盛り上がる形南は顔をりんごのように真っ赤に染め上げながら両手を自身の頬に押し当て首を左右に振り始める。どうやら口に出した途端に彼女のスイッチが入ってしまったようだ。  興奮した様子で首を振り続ける形南に嶺歌は思わずストップをかけた。 「ちょっと待って、選んでもらったってどゆこと!? 話が分かんないんだけど……」  平尾に一体どのような経緯で表札を選んでもらったのだろう。それにそんな簡単に高円寺院家の象徴とも言える表札を一般人の平尾の意見で変えられるものなのだろうか。何から何まで嶺歌には疑問しか思い浮かばなかった。  すると形南は赤らめたままの顔をこちらに向けながら成り行きを話し始める。
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