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「兜悟朗、ゆっくりお願いしますわね」
「畏まりました。お嬢様」
兜悟朗と呼ばれた座高の高い執事姿の男性は車のハンドルを握りながらお嬢様と呼ばれた女の子に丁寧な言葉を返す。
その様子を見ているとバックミラー越しに執事の男性と目が合った。彼は一瞬の間も無く、直ぐに嶺歌に笑みを向けるとそのまま視線を正面に戻し、運転を始める。
その一瞬の出来事に、いやこの状況全てに頭の整理が追い付かない嶺歌は自身に落ち着けと心の中で言い聞かせながら小さく深呼吸をする。
すると隣に座るお嬢様の女の子は唐突にこちらの手を両の手で握り、こんな言葉を口に出した。
「先程は名乗りもせず失礼致しましたわ。私の名前は高円寺院形南と申します。以後お見知り置きくださいましね」
丁寧な口調でそう自己紹介してきたお嬢様の形南を見返しながら嶺歌は「あ、どうも。えっとあたしの名前は知ってるんですよね」と分かりきった言葉を口にしてしまう。
しかし形南はニコリと嬉しそうに微笑むと「存じておりますわ」とこちらの発言を肯定するだけだった。
そんな彼女の反応から品の良さがひしひしと伝わってくる。
形南から感じられるオーラは未だに健在しており、緊張で嶺歌は本調子ではなかった。
何か粗相をしてしまわないかと不安なのである。このように自分が緊張することは中々に珍しい経験であった。
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