第十二話『過去の存在』

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 形南(あれな)がいつものように竜脳寺の自宅に遊びに行った時の事だった。珍しく彼からの出迎えがなかった事を不思議に思いながらも形南は兜悟朗(とうごろう)をリムジンに残して一人屋敷の中へと入っていったと言う。  その際に彼の部屋の中から知らない女性の声が聞こえ、ノックをしてから戸を開けるとそこには服が床に脱ぎ捨てられ、生まれた時の姿で二人の男女がキングサイズのベッドで寄り添いあっていた。 「言葉を失いましたの。けれどショック以上に呆れてしまいましたのよ。同時にアレへの敬愛は全て軽蔑に変わりましたの」  それは当然の感情だ。形南はその状況を目にした途端に婚約解消を心に決めたと言う。  彼が如何に優れた婚約者であろうとこのような形で人を裏切れる男であるのなら、その男にかける情などはない。悩む余地もなくそう即断したようだった。形南の当時の心情を考えると辛く、苦しかった事だろう。 「その場で二人を目にした私は思わず立ちすくんでしまいましたの。そうしたらアレがこちらに歩いてきて、こう言いましたわ。『帰れ』と」  謝罪どころか状況の説明すらもない。ただ一言だけの命令口調に形南は完全に呆れたという。  その後も竜脳寺からの謝罪や弁明は一切なく、婚約破棄の申し出を竜脳寺家に提出した形南は数日して自宅に訪れた竜脳寺と久しぶりに対面する事になった。
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