第十二話『過去の存在』

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『久しぶりだな』  約十日ぶりに会う彼はいつもと違うような雰囲気を感じたらしい。形南(あれな)は思わず謝ってくれるのだろうかと少し期待をしたそうだ。婚約破棄はもう自身の中で決めた事であったが、謝罪を受けるくらいは問題がないと考えたのだと口にする。 「けれどこの人もきっと次の婚約者様には誠実な方になってくれると、そう思った私は浅はかでした」  竜脳寺が次に口にした言葉は謝罪だなんてものではなかった。 『何被害者面してんだァ?』  形南は思わず『はい?』と声を上げてしまったという。流石にこの人物が何を思って日々を生きているのか、疑問が芽生えたと同時に竜脳寺外理の全てが謎の物体にしか見えなくなったのだとそう言葉に出していた。  淡々と語り出す形南の言葉を嶺歌は静かに聞いていると突然話はある話題へ移っていく。 「その言葉には驚きましたけれど婚約破棄は容易に出来ましたの。ですがそれ以降も殿方との恋愛に夢を見ることはありませんでしたのよ。あのような一件からはとても新たな出会いに気持ちが向かず、縁談の話などは断っておりましたわ。  ですがお父様は縁談を進めたくて仕方がなかったようでしたから、毎日のようにそのお話を耳にする事が日常茶飯事になっていましたの」  形南はそれまで淡々と話していたが、その感情のない声質はある話題に切り替わった瞬間、色づくように可愛らしい声音へと変化する。 「ですがそのようなお話も、今ではされなくなりましたのよ。そう、平尾様に出逢えたからですの!」
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