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形南は先程とは別人のように目を輝かせると、当時の思い出に浸るように自身の両手を絡めてうっとりとした表情で窓の外を見つめ始める。
まるで視線の先には愛しの平尾がいるかのように語り始める形南の姿を見て、嶺歌は形南の思いが一時のものでない事を再認識していた。
「車の窓から彼を見つけた時、私雷に打たれたような気分になりましたの。彼はご家族とお出かけをされていて、柔らかい笑顔で談笑されていましたわ」
形南が彼に一目惚れをしたという話は以前にも聞かされていた事だ。しかしそれが、車の中から彼を見かけただけだとは思っていなかった。形南の話を聞くと、平尾を目にしたのはその一回きりで、それ以降もずっと忘れる事が出来なかったようだ。
四六時中平尾の事を考えている自分に気が付き、形南は平尾を探すことを決意したのだと教えてくれた。
「お父様は縁談には積極的ですけれどお優しいお方。平尾様の件を申したら、二つ返事で認めて下さいましたの」
形南の父は、財閥でありながらも娘の幸せを尊重してくれる愛情溢れる人物のようだ。彼女が家族に愛されている事は幸いだ。婚約者に裏切られ、家族からもひどい仕打ちを受けていたらと思うととても平静ではいられないだろう。
形南はそこまで説明を終えるともう一度両手を合わせて心底嬉しそうにふふっと笑みを溢す。
まるで先程何事もなかったかのように満面の笑みを出してくる形南のその態度に、嶺歌の心は複雑な思いを抱いていた。そうして心の中で葛藤する。しかし自問自答はものの数秒で結論を導き出していた。
(いや、駄目でしょ)
気がつけば口が開いていた。嶺歌は形南に身体ごと向けて彼女を見据えると、ある言葉を口に出す。
「ねえ、その裏切った婚約者たちに復讐していい?」
シン、と車内に沈黙が流れた。
第十二話『過去の存在』終
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