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パタン、と扉が遠慮がちに閉まる音を聞いて、この空間が二人きりになったことを確認してから、私は核心に迫る質問を投げかけた。
「わたしは、どうしてここに……?」
「あなたは数日前の夜、神奈川区の路上で事故に巻き込まれて、当院へ運ばれてきたんです」
「事故……?」
「何も覚えていらっしゃらないんですか……?」
その口調は落ち着いてはいたものの、どことなく不穏さを隠しきれていなくて、まるで事の重大さを物語っているようだった。
事故に遭ったことで記憶が混乱していることも考えられたけれど、私は自分が何故そんな場所にいたのか、その理由さえも思い出せない。
覚えていないのか、という問いかけに、ゆっくりと頭を動かして頷いて応えてみせる。
すると、馬杉先生の穏やかな表情は、一瞬だけ困惑したようにも見えたが、すぐに冷静さを取り戻して、御伽話を読み聞かせてくれるような落ち着いた口調で語り出した。
「……車による轢き逃げだと警察の方からお伺いしております」
「……」
「その……疑うわけではないのですが、本当に何も思い出せないのでしょうか?」
真綿で包むような柔らかな物言いに、私の不安を助長させないように、あくまで念のための最終確認だという、そんな誠実な姿勢が伝わってくる。
だから私も、包み隠さずに本当のことを正直に伝えられた。
「……事故のことも、その前後のこともすべて……覚えてはいません」
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