〜prologue〜

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馬杉先生と何気なく交わす日常会話の中には、彼に関する様々な情報が散りばめられている。 下の名前が「晃一」さんだということ、私より二歳年上だということや、この「ますぎ病院」で外科医として働いており、この病院はその名の通り、先生の父親が院長をしていること。 彼自身は甘党で、コーヒーに角砂糖を3つ入れるということ。 学生時代はアーチェリーの選手で、大会にも出場した経験があること。 そして、私自身についても幾つか判明したことがあった。 「……汐見さんは、司書をなさっていると前に言っておられましたね」 「はい。私も本が好きなので、図書館で働いていると借りに行く手間が省けて、ちょうどいいんです」 私は、約2年前までの記憶に関しては、遠い昔のことを除いて、わりと鮮明に覚えていた。 自分がどういった人生を辿り、どういった環境の中で暮らしてきたのか、それは一本の記憶の糸で今もしっかりと繋がっている。 だから、自分が司書として図書館で勤務していることも、彼に話すことができたのだ。 「……でも、こんな形になってしまい、職場の方々には迷惑をかけてしまいました」 「大丈夫ですよ。警察の方から事情は聞いていると思いますし、職場の皆さんも、今は治療に専念して欲しいと願っているはずです」 馬杉先生は、本当に不思議な人だ。 その柔らかい笑みは陽だまりのような安心感を与えてくれて、さりげない言葉はまるで魔法の呪文のように自責の念を取り払ってくれる。
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