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視界に映り込む皺一つない白いシャツからは、微かに煙草の匂いがして、それはバニラのような独特の甘い香りを漂わせている。
私の前では決して吸わないようにしており、そこからも彼の細やかな気遣いが垣間見える。
「……煙草、吸っていたんですか?」
「ああ。でも、喫煙を理由にして千鶴を探しにきたんだよ」
「……」
「……そろそろ戻ろうか。母が待っているよ」
優しく諭されて体を離すと、白いボタンから細い糸が一本ほつれているのが見えた。
今朝、シャツを準備したときは気づかなかったけれど、目立たないので見過ごしていたのかもしれない。
「晃一さん、襟元のボタンが取れかかっています」
「え?あ……本当だ。気づかなかったな」
「付け直すので、あとで別のシャツに着替えてきて下さい」
「……ああ、そうさせてもらうよ」
そう言って、彼は私の抱えていたワインボトルを片手で軽々と持ってくれて、空いた方の手で私を先導してくれる。
庭先ではワインの到着を心待ちにしていたお義母さんが、周囲の視線もあってか、私に労いの言葉をかけながら迎えてくれた。
そこには、パーティーの主役である二人の姿は見当たらない。
しかしそれは暗黙の了解のようで、二人の所在を気にかけ話題にする者は、この場には誰一人いなかった。
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