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30代後半くらいの男はスッと何かを前に出した。男の目の前に座る女は、男が食卓の上に置いた紙を見て絶句する。
「俺と、離婚してほしい」
男はそう言って、薬指につけていた結婚指輪も外した。その動きに、女は信じられないという表情を浮かべる。唇をわなわなと震わせ、今にも泣きそうだった。
「何で……」
女はその一言を発した瞬間、目に溜まっていた涙がボロボロと溢れ出た。夫が離婚したいと言っていることを認めてしまったからかもしれない。認めたくなくとも、夫の記入済みの離婚届は女に現実を突きつけた。嫌というほどに。
婚姻届を二人で書いた時は幸せな気持ちでいっぱいだった。でも今は、先に記入された冷たい文字に置いて行かれた気持ちでいっぱいになる。婚姻届は二人同じタイミングで書いたのに、離婚届は一方が個人的に書くなんて。まるで二人のすれ違いを表しているかのように忌々しかった。
「お前も分かってるだろう。俺たちが段々とすれ違っていくのも。俺も最初の方は我慢してた。でももう限界なんだよ……」
女は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。辛そうに、文句を吐き捨てないでくれ。お願いだから、そんな目で私を見ないで。全身で男の言葉に表情に嫌悪感を示した。
でも男は続ける。女が今、どんな気持ちで男の話を聞いているのか分かっていながらも自分の話をし続ける。
「俺は俺のせいでお前を縛りたくない。俺もお前のせいで俺自身を縛りたくない。このまま一緒にいてもお互い何も徳も無いんだよ」
男は立ち上がると、女を見下ろした。女は男の顔を見ない。ただツーっと流れる涙と廃れた気持ちが体を支配していた。
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