予行演習

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「別れよう」  もしこの空間がゲームならこの一言で女は敵キャラクターである男に倒されてしまう。その場でノックダウンだ。男は目が合わない女と目を合わせようともせず、そのままリビングを後にした。  階段を上る音が聞こえ、少ししてから降りてくる音が聞こえる。それから玄関のドアが開く音。ガチャっ、と閉まる音。随分と家を出るのが早かった。きっと男は前々から出て行く準備をしていたのだろう。女の知らない所で、勝手に離婚への道が進んでいた。  女は下唇を噛むと、声を出しながら涙を流す。声を流して涙を流したのは子供の時以来だった。大人になってからはずっと声を殺した涙しか流したことが無い。  泣きわめく女から段々と距離が遠ざかる。リビングのドアが何者かの手によって閉まった。 「カットっ!!」  監督の声がハウススタジオ内に響く。リビングのドアを閉めた助監督がドアを開けると、涙を拭う女優の姿がそこにはあった。  男女間のもつれを描いたオムニバスドラマのである。新進気鋭の役者からベテランの役者までが揃った注目間違いなしのドラマ。撮られる役者が変わるごとに監督も変わる。今回はベテラン役者たちと縁が深い監督が二人の演技を撮影していた。 「いいよ、清子(きよこ)ちゃん!」  監督はすぐに清子ちゃんと呼ばれたベテラン女優のもとに向かう。さすが大女優。まだ30代半ばながら子役として芸能界で活躍していたため、その芸歴はベテランに匹敵する。目が腫れた清子は「ありがとうございます」と監督に言うと、助監督が持ってきた氷嚢で目を冷やした。
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