予行演習

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 監督の後ろから夫役を演じたベテラン俳優・政則(まさのり)がやって来る。監督は政則を見ると、笑顔で政則の肩を叩いた。 「政則くんも良かったよ〜! 本当に俺が想像してた風景まんまだ!」 「まぁ僕たちの仲ですから」  政則はニコッと笑うと、清子を見た。清子は政則と目が合うと、微笑む。 「政則から離婚届突きつけられた時は本当に心臓が止まるかと思った」 「僕も緊張したよ」  ハハハッ、と二人は声を揃えて笑う。監督はニヤニヤしながら二人を見た。 「さすがリアル夫婦! 本当にガチなのかと俺も思ってハラハラしちゃったよ~」  そう、清子と政則は現実世界で結婚している夫婦である。そんな二人を男女間のもつれを描いたオムニバスドラマに起用したのは、制作発表時から大きな話題だった。監督もそれを狙って、二人を起用したのだろう。  役者同士の夫婦を起用することは、芸能界ではかなり珍しい。なかなか共演している姿を見ることができない。最近では動画投稿サイトの普及から夫婦間の絡みを撮影した動画を投稿する役者も増えてきた。しかしテレビや映画、CM、雑誌といった媒体での共演などなかなか拝むことは難しい。 「完成、楽しみだなぁ~」  清子は少し腫れの引いた目で監督に言う。監督は「任して!」とサムズアップした。  政則は食卓に置かれた離婚届を手に取る。政則ではなく、美術スタッフが記入した折り目正しい文字。離婚届というのは記入するとこんなにも残酷に見えるのか。政則は生唾をごくりと飲み込む。 「どうしたの、政則? 興味津々だね」 「……ああ、まぁなかなか見る機会ないからね」
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