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 ゴクーヴさんの催すバーベキューパーティーは、夏至の日から最初の月曜日という。  ユハニ氏は「こんな得体の知れない日本人とはお付き合いしたくない」と思ったが、せっかくの隣人の誘いを無碍に断るのも悪い。そこでAKIEで働くスオモイ人のニルス・アイロハスという青年に、代理でこのパーティーに出てもらおうと思ったが、生憎彼はサムイランド国防軍予備役に在籍しており、この日は再訓練に従事していたので無理であった。  ともあれ、ユハニ氏は気が乗らないものの、ゴクーヴさん主催のパーティーに出席せざるを得なかった。  日曜日。 「コンニーチワ!アホ=サン!!ワタシーモ、オマーチシテマーシタ!!!」  ゴクーヴさんは、ニタニタした顔でユハニ氏に挨拶をする。  今は昼の12時。この日、ユハニ氏は街のはずれにある先住民族のシータ(集落・もしくはコミュニティ拠点)にて、家族ともどもゴクーヴさんに顔見せした。彼の着ているTシャツを見て、ユハニ氏の息子が小声で話す。 「ねえ父さん、あの人と奥さんがお揃いで着ているTシャツ、茶色と焦げ茶色と黄土色で、デカデカと英語で”SHIT!SHIT!SHIT!”って書いてあるよ」  バーベキューパーティーでデカデカと”SHIT”(クソ)と書かれたTシャツを着て来るゴクーヴさんに、ユハニ氏も呆れてしまう。けれども、日本人は英語音痴で有名である。おそらく、ゴクーヴさんも彼の奥さんも、”SHIT”が何を意味するのかを全く理解していないのであろう。  ところで、今回のバーベキューパーティーに参加したマンションの住民(ユハニ氏の近所の家族)は、自分たち以外に一家族もいない。やはりこの不気味な日本人の、只ならぬ気配に誰もが怖気づいたのだろう。ユハニ氏も、どうにか理由をつけてパーティーの不参加を決めこまなかったことを、後悔してしまう。  ともあれ、バーベキューパーティーの始まりとなった。 「ニッポン、クソナクニデース!」ビールが入ると、ゴクーヴさんは叫び出した。「イマーノニッポン、セージカモクソナーラ、ミンドモクソデース!ワターシタチ、アンナクソナー、クニニーハ、モドーリターク、アリマセーン!クソナクニニーハ、クソナセージカート、クソニーブラサガール、クソナー、ゲーノージン、クソナー、ザイカイジン、クソナー、カンリョー、ソノホーカ、クソナーコクミンコソーガ、ニアイマース!!ワターシターチ、アンナクソナー、クニヲー、ステーテ、セージナンミーントシテ、ボーメーシタヨーナー、モノデース!!」  ゴクーヴさんは、バーベキューの席上にも拘らず「クソ」という単語を連発しては故国をなじり続けた。それを聴きながら、ユハニ氏もウンザリする。 (この人、今がバーベキューパーティーの席と解っているのだろうか…)  そしてふと彼は、ある質問をしてみる。 「ゴクーヴさん、あの…サムイランドには徴兵制度があって、福祉制度は充実していますが国防の義務があります。日本人は平和主義者が多いと聞き及んでいますが、息子さんが18歳以上になったなら、兵役に就かせますか?」  するとゴクーヴさんは一瞬「ギョッ」とした顔になったが、すぐにカラカラと笑い出す。 「ナニヲー、イッテマスーカ!ワターシタチ、ソンナー、コトモー、ケーサンシーテ、コクセキヲー、ニッポンノー、ママニー、シテマース!ワタシターチ、コノクニガー、リンゴクトー、センソーニー、ナッテーモ、ジューヲー、モツコトヲー、ダンコー、キョヒシマース!ジューヲー、トッテー、センソー、スルノーハー、サムイランドーノー、ワカモノターチ。ワタシターチ、ニッポンジンニーハー、カンケー、アリマセーン!ドーデスーカ?ワタシターチ、アタマー、イーデショー?」  ゴクーヴさんは鼻高々にそう宣って、カラカラカラカラと笑い続ける。  そう!この一家は、サムイランドに徴兵制度があることまで計算に入れて、自分たちが国防の義務から免れるために国籍を「日本」のままにしていたのである!  ユハニ氏は、またしても呆れてしまう。 (コイツら、国防なんてハナクソとしか思っていない…。そしてサムイランドがいざ隣国と戦争になった時は、自分たちだけ安全な場所に逃げ出して高みの見物でも決め込む肚でいやがる…) 「あ、あのう…ゴクーヴさん、この町に引っ越してきたのは、貴方の一家だけですよね?」  ユハニ氏は(こんな日本人がこれから何家族もこの町に移住して来るのなんて、もうウンザリだ)と思って、ゴクーヴさんに訊ねる。ところが…!? 「オー!、アホ=サンモー、ニッポンジンノー、オトモダーチ、ツクリターイノデスネー!!コンナコトダロート、オモッテー、ワターシ、Facebookデー、サムイランドニー、イジュースルー、ナカマーモ、ヨビカケマーシタ!!スルトー、ワターシニー、サンドーシーテ、コノクニニー、イジュースルー、リベラルナー、ニッポンジン、1マン4050ニンモー、キテクレルー、ソーデース!!!」 「い、1万4050人も!?」  ユハニ氏は、彼の言を聴いて卒倒しそうになる。政治的・宗教的・イデオロギー的に迫害されているわけでもない、単純に「日本はクソな国」「日本政府も日本国民もイケ好かない」と、漠然と思っている日本人が「自分たちの国を少しでも良くして行こう」という意志すら持たず、安直にこの国に移住してきて国防の義務すら果たさずに、只々この国の高福祉を貪り尽くそうとしている。そしてそんなリベラル気取りの日本人が自分たちを「政治難民」と自認して侵略の尖兵になろうとしているのである!  ユハニ氏の脳裡に、サムイランドがこんな正体不明の「日本人」に乗っ取られた暗黒の未来が浮かぶ。  彼の頭に浮かんだ「未来」では、サムイランドのどんな町や村にも日本語の看板ばかりが目立ち、道往く人の誰もが日本語を話し、そしてサムイ人もスオモイ人も双方共にマイノリティとなって本当は誰もやりたくない「国防の義務」と「納税の義務」だけを押し付けられ、選挙で幾ら投票をしても高福祉や社会保障は「日本人」のみに独占される…。  そんな「ディストピア」が頭に浮かんだユハニ氏は、背筋の凍る思いをする。 「あ、あの…私、急な用事を思い出しましたので、ちょ、ちょっと自宅に戻ります!ほら、お前たちも一緒に!!」  ユハニ氏は妻と息子・娘を連れて足早にその場を離れる。そんな様子を訝し気に見送るゴクーヴさん。 「アホ=サン?ドーシターノ、デスーカ??」  自宅マンションに戻ったユハニ氏は、寝室に籠ると震える指でサムイランドの誇るスマホメーカー・KIANOの最新機種からFacebookでサムイランド中に、否、全世界に訴えかけるべく文字を入力する。  その文言とは、次のページのようなものである。
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