第30話 母娘の時間と桜(2)

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第30話 母娘の時間と桜(2)

 頭の中で、全てのピースが繋がる音がした。  お母さんは私の目をじっと見ながら、淡いピンクの口紅が塗られた形のいい唇を動かす。 「サクラ、大きくなったかしら」  その独り言のような呟きに、私はすかさず返答する。 「うん、すごく大きくなってた」 「ミスティア様は?」  その名前を聞いてはっとした。  ミスティア様は確かユリウス様のおばあ様の名前。  そうか、私とは行った時代が違ったってことはやっぱり……。 「お母さんが100年前の聖女だったんだね」  その言葉を聞いて、お母さんは少しだけ驚いた表情をした後に笑った。 「そっか、100年違う世界だったのか。じゃあ、ミスティア様はもう……」 「うん……。今は孫にあたるユリウス様が殿下として、そのお父様が国王としてクリシュト国を守ってる」  なんだか懐かしそうに、寂しそうに桜の枝を見つめる。  ひらひらと舞ってきた桜の花びらを手に乗せると、じっと見つめた。 「今まであなたにはあまり過去のことは話さないようにしてた」 「うん」  そうだ、お母さんはいつもあまり昔のことを言わなかった。  おばあちゃんもおじいちゃんも早くに亡くなったって聞いてたし、お父さんももういない。  私を女で一人で育ててくれた。  なんだか触れちゃいけないようなそんな気がしてた、子供心に。 「聞かせてくれる? お母さんのこと」  私は勇気を振り絞ってお母さんの様子を見ながら尋ねた。  そうしてお母さんは小さな声で、そうね、と言いながら語り始めた。 「私が友里恵と同じくらいの歳、正式には高校卒業して1年半だったから19歳ね。その時、買い物から家に戻る途中で召喚された」 「あっちの世界に?」 「そう。コーデリア国、クリシュト国の隣の国だった」  確かに100年前の聖女はコーデリア国に召喚されたっていってたっけ。 「コーデリア国は歴史もすごい国で、魔法使いもいて、本当に物語の中の世界だったのよ。異世界から来た私にすごいよくしてくれてね」  お母さんはコーヒーを一口飲んで笑いながら、まあ聖女だったからだろうけど、なんて言う。  少しだけふうと一息ついたあと、お母さんはその後のことを続けて語ってくれる。 「どれくらいだろう。たぶん、一ヶ月しないくらいかな。そこでね、国王に依頼をされたのよ」 「依頼?」 「そう、国賓としてクリシュト国に行ってくれないか、って」 「それで、行ったの?」 「行った。コーデリア国の代表として、聖女として」  いきなり国を背負って行けといわれる気持ちはどうだったんだろう。  私だったら緊張どころか、もうのたうち回るくらいのプレッシャーだし、何をしていいのかもわからない。 「聖女っていっても一度呪いにかかった騎士団長を救っただけ」 「え!? 騎士団長を救ったの?」  あら、すごい?なんて冗談めいた感じで言うお母さん。  いや、騎士団長を助けるなんて……しかも呪いを解いたとは聞いてたけど、でも、すごいんじゃ……。 「偶然だと思うわ。たぶん。だって、あれ以降一度も力を使えなかったし」 「そうなの?」 「そう」 「で、クリシュト国に国賓としてついたんだけど、その食事会帰りの廊下で倒れたのよ」 「え!?」  なんでもないことのように言うが、倒れたなんて聞いたらそりゃ驚く。  昔からやっぱり身体が弱くて、異世界での疲れがきてたのかもしれない。  お母さん大丈夫だったの?  そんな心配そうな気持ちが出ていたのか、お母さんは私の背中をポンポンと叩いて安心させる。  ゆっくりと赤ちゃんを泣き止ませるようなゆっくりしたリズムで二回。  不思議とそれだけで安心できた。 「それでね、クリシュト国のお医者さんに診てもらった時、人払いをされたのよ」 「え?」  人払いってことはもしかしてなんか重篤な病気だったんじゃ……。  そんな風に考えて私は息を飲んでその後を聞いた。 「ミスティア様……当時の王妃様だけ残って話を聞いてくれてね。それで……」 「それで?」 「私のお腹に子供がいることがわかったの?」 「え?」  意外な言葉に、私は何度もまばたきをした。 「当時、異世界に行く前、現代で結婚していた人がいたの」 「まさか……」 「そう、あなたのお父さん。それで、お腹にいたのは友里恵、あなたよ」  お母さんから語られた私の出生の秘密、そしてお父さんの存在。  そっか、お母さんは聖女として召喚された時、現代で結婚してたんだ。  少しだけ冷たい風が、私の頬を撫でていった──
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