第10話 会いたいのに会えない~SIDEユリウス~

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第10話 会いたいのに会えない~SIDEユリウス~

 初めてあなたを見た時、なんとも不思議な感情に襲われた。  この国では珍しい黒髪を靡かせて優雅に王宮内を歩いている。  その瞳は輝かしいブラウンで、美しくも爽やかなセレストブルーのドレスを身にまとっていた。  「なんて綺麗なんだろう」と思った。  今思えばいわゆる一目惚れだったのかもしれない──  彼女が王宮内に突然姿を現すようになった数日後、じいじと私は私の自室で話をしていた。 「ユリウス様がご覧になった方は『リーディア・クドルナ』様と仰り、エリク様の婚約者だそうです」 「兄上の婚約者? あの方には別の婚約者がいたはずでは?」 「どうやら婚約破棄をして今のリーディア様を新たな婚約者にしたそうです」  何か怪しい動きを感じるな。調べてみるか。 「じいじ、アルベルトに連絡を取ってそのクルドナ家を調べてほしい。私は兄上と念のため王妃様のほうも調べてみる」 「かしこまりました。すぐにアルベルト様に手紙を送ります」  じいじがお辞儀をして私の部屋から退出したのを見送ると、私は作戦を練り始める。  クルドナ家がどんな家柄、実態かは偵察のために王宮外にいるアルベルトが調べてくれるはず。  問題は兄上と王妃様に私が近づけるかどうか。  一度毒殺をされかけている以上派手には動けないが、二人の外出の時を狙って王宮を捜索しよう。 ◇◆◇  慎重に調査を開始して数ヵ月が経過した頃、やはり王妃様が王宮魔術師を使って様々なことを企んでいたことが判明した。  まずリーディアの実家であるクルドナ家は実際に存在しなかった。  父親と母親、それどころかそんな侯爵家すら存在しない。  そして、地下牢の部屋には魔術痕があり調べたところ聖女召喚をした可能性があった。  つまり高い確率でリーディアは異世界からきたと思われる。  そしておそらく彼女を観察している限り偽の記憶を植えられて過ごしている。 「なんてことを……」  聖女召喚して自分の息子の婚約者にするために記憶を捻じ曲げるなど、あってはならないこと。  私は好きな人がそのような目にあっていることにいら立ちを覚えたが、そんなことよりも何もできない自分に腹が立った。 「絶対に救って見せる……」  私は王太子妃教育を受けて自室に戻るリーディアを見つめて呟いた。  それから数ヵ月が経過した頃、リーディアの様子が少し変わったことに気づいた。  雰囲気が少し変わったというのだろうか、今まで少し人形のような一辺倒な表情だったのがわずかだが喜怒哀楽を示すようになった。  そして、彼女は何かを探すように王宮の人間に積極的に話しかけていた。  もしかして、術がとけた?  そして彼女が今まで一度も行ったことがないはずの書庫室に行ったという報告を書庫室長より聞いた。  私は一縷の望みをかけてじいじに依頼して彼女へとコンタクトを取った。  その目論見は見事成功して私と彼女は共に王妃に立ち向かうこととなった。 ◇◆◇  彼女と手紙のやり取りをするうちに、私は彼女のことがどんどん好きになっていった。  不謹慎だとは思ったが、それでも秘密の関係というのがさらに燃えたのか、彼女の内面から出る美しさ、そして強さに惹かれていく。 「会いたい」  気づけば自分でも驚くほど切なげにつぶやいていた。  私は心を落ち着かせるため、ある場所へと向かった。 「ここは落ち着くな」  ここは王宮の裏庭のさらに奥の一角で聖樹と呼ばれる立派な木が立っている場所だった。  そこにはよく元王妃である母と行っていた思い出の場所であり、私は何かあるとここに来て心を落ち着かせた。  すると、そこになんと彼女が現れた。 「リーディア?」 「ユリウス様っ!」  彼女は薄い格好で現れた。  ああ、どうしてあなたはいつも私の気持ちをこんなにも熱くするのだろうか。 「寒い中どうしたんですか、こんなところで」 「いえ、その。この木を見ていると懐かしくなって……」  この木が懐かしいとは、なんと不思議な縁というか、気が合うのでしょうか。 「ここは私のお気に入りの場所で、この木を見るとなんだか落ち着くのです」  私はそっと目を閉じて聖樹に触れました。 「この木は『聖樹』と呼ばれる王家の宝の一つです。初代の聖女が植えた神々しい木で、名前を“サクラ”というそうです」 「えっ?」 「サクラはこの国でよくある木ですか?」 「いいえ、この国どころか、この世界には他にない唯一無二の木らしいです」 「──っ!」 「その“サクラ”はもしかして春に淡いピンクの小さな花を咲かせますか?」 「おや、リーディア。よくご存じですね、聖女様だからでしょうか」  彼女はやはり物知りなのでしょう。  まさか聖樹のことまで知っているとは、聖女の力なのか、それとも……。 「どうしましたか、リーディア」 「いえ、ユリウス様。その、恥ずかしいのですが、ホームシックになっていたようでして」 「ほーむしっく?」 「家や母が恋しくなったのです。記憶を取り戻してもうすぐ一ヶ月。私は帰れるのだろうか、って」  やはり、家が恋しいのですね。  私も母を失った時とてつもない喪失感に襲われました。  私は近くにいたじいじやアルベルトがいたから乗り越えられましたが、彼女には今頼る者が一人もいない。それなら……。  私は優しく彼女を抱きしめました。 「あなたは一人でよく耐えています。よくここまで我慢しましたね」  彼女の涙をそっと拭っても溢れ出るその雫を今の私には止めることができない。  傍にいたいのにいられない。  どうしてこんなに辛いのでしょうか。  彼女が辛い時に支えてあげられない。  今の私にできるのはそっと優しく抱きしめるだけ。  もう少しの辛抱です。  必ずあなたを自由の身にしてみせます。  そして、もしあなたが元の世界に戻るときには最後に心の中であなたへの想いと共にこの花言葉を送りましょう。  サクラの花言葉である『精神の美』という言葉を、あなたの幸せを願って。 「もし人目もはばからずに会うことができたら、その時はあなたと二人でデートがしてみたい」
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