第22話 結託

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第22話 結託

 なんだか背中がひんやりしている感じがして私は目を覚ました。  薄暗くてなんだか嫌な雰囲気が空気を伝って私の身体に入って来る。  王宮の高い天井と違って低めの天井が目に入り、私は床に寝ていることに気づいた。  なんだか床に引っ張られているような、床の何かに力を吸われているようなそんな気配がしてがばっと起き上がる。 「──っ!」 「あら、起きたの? もう少し寝ていれば苦しまずに死ねたのに」  声のした方へ顔を向けると、そこには扇で顔を半分隠した高貴そうな女性がいた。  レースや装飾が派手派手しいその様相を見て、なんとなく悪女っぽさを感じる。  いや、その見た目だけで人を判断するのはいかがなものか、と思うが、いかにもな雰囲気に思わず考えてしまった。  女性の横にはこれまた怪しげな魔術師風情が立っており、私のほうへ向かって両の手のひらを見せて何かぶつぶつと呟いている。  その声に反応するように、私の周りに光がぼわっと現れて私を再び床へと貼り付けた。 「んぐっ!!」  息苦しさと床に打ち付けられた衝撃で私はうめき声をあげた。  もう一度起き上がろうと身体を動かすが、なぜか動かない。 「んー!! なんでっ!」 「ふん、第一級魔術師の魔法陣から逃れられるわけないでしょ? 役立たずで能無しの聖女なんだから」 「能無し……」  苛立ちよりも先に図星を突かれたことのぐうの音も出ない悔しさが心に広がる。  確かに、そうだ。  私は何もできない、何の力を持った人間かもわからない。  私は聖女じゃないんじゃないの?  思わずそう思いたくなるほどの無能さで、聖女がもっている何かしらの力も発現できない。 「聖女はね、元々闇の力に対抗するための道具。国を裏切った……このコーデリア王族を裏切った闇の魔術師に対抗するため」 「闇の魔術師……」 「この国に聖女はいない。だから、異世界から召喚することにした。強い力、穢れを払う力を持った聖女を……」  そこまで聞いて地下室で見た本の中に巫女服が描かれていたことを思い出す。  もしかして、巫女を聖女として召喚していたとしたら……。  日本の人間がこの世界に召喚されたことも納得がいく。  そんなことを考えていると、ふと身体の力が抜けて思考がぼんやりとしてくる感覚に襲われる。  高熱で意識を失いそうな、ぐわんぐわんしている頭のような、そんな心地。 「ふふ、その感じ、無事に効いてきたようね」 「……え?」 「睡眠薬に加えて拘束魔術をかけてる、それに、もう儀式は始まっているのよ」 「ぎ……しき?」 「ええ、あなたを贄にしてコーデリア国最初で最高の魔術師だった、原初の魔術師を召喚する。あなたはこの国の繁栄のために死ぬのよ! 光栄でしょう?」  光栄……私、死ぬの?  「にえ」って「生贄」よね? 「あのバカ息子は第二王宮におとなしくいればいいのに、私達の邪魔をしてきた。せっかく聖女をクリシュト国から奪い返したのに、勝手に第二王宮に連れて行って婚約者とかいって」  え……? それってレオのこと?  じゃあ、もしかして目の前にいる悪女は、高貴そうな人じゃなくて、まさかまさかの……。 「王妃……」 「あら、『様』をつけなさいよ、えらそうね。さ、時間が惜しいわ。とっとと終わらせましょ」  そう言って隣に立っている魔術師に合図をすると、彼は私に向けて何か魔術のようなものを増幅されて攻撃してくる。  ビリビリと身体が痺れて、そうして段々力が抜けていく─  私、もうここに死んで生贄にされるのね……。  もう一度会いたかった好きな人にも会えず……ユリウス様……。  そうして目を閉じた瞬間、何か大きな衝撃音が耳に届く。  大勢の足音が聞こえてきたと思うと、誰かが私の身体を抱き起した。 「ユリエ! ユリエ!!」  その声は何か夢の中で聞いているようなふんわりとした声で、でもそれは確かに聞き覚えのある声だった。 「ユリウス様……?」  段々くっきりと彼の顔が見えてきて、それでずっと会いたかった人の顔で、私は喉の奥がつんとなる。  心細かった。  このまま死ぬのだと思った、その時に駆け付けてくれた。  すごく安心して目にわずかに涙がたまっている。 「レオ殿下から連絡を受けた。コーデリア国の事情、それからユリエの無事も教えてくれた」 「レオ様、が……?」  ようやく自分の周りを大勢の兵士が取り囲んで守るようにしており、その前には王妃に向き合うようにレオが立っているのが見えた。 「母上、聖女の贄儀式は禁忌です。許されることではありません」 「ふん、何を。あなたに何ができるの。自分の妹を犠牲に生き延びている罪人が」 「違うっ!!」 「──っ!」  私はユリウス様の腕の中から王妃に向かって叫んだ。 「レオは、レオ様は妹さんを傷つけたことを悔いてる。だから呪いを解こうと必死になって、その方法を探ってなんとかしようとしてる! 罪人なんかじゃない!!」 「黙りなさい! この汚らわしい裏切者!! 聖女なんて、裏切者だわ」 「母上、ユリエは裏切者でもない。攫われた身でもこのコーデリアに尽くしてくれようとした!」 「ふん、100年前の聖女と同じよ。召喚された国を裏切って別の国でのうのうと生きようとしてるのよ」  100年前の聖女──  彼女は確か日記によればこのコーデリア国で召喚されて、その後クリシュト国に行った。  王妃はそれを裏切といっているのだろう。  実際に聖女を迎えたクリシュト国は繁栄をしたのだから……。 「コーデリア国の王妃よ、あなたは魔術師を送り込み、我が国の内乱を扇動して侵攻しようとした」 「ああ、そうだ。お前も兄が邪魔だったのだろう? よかったではないか」 「違う! 兄と私は確かに腹違いであり憎まれていたであろう。だが、あなたが扇動しなければ、兄と義母は追放されずに済んだ」 「それは責任転嫁だな、内乱を起こしたのはあくまでそなたら王族だ。私の知ったことではない!」  クリシュト国への侵攻意思を認めたが、罪は認めない。  その姿を見たレオは一歩前に出て静かに呟いた。 「もう、おやめください。母上」 「……」 「父上も母上も、贄儀式にこだわるあまり、他国に侵略、そして逆らうものは断罪していきました」 「それがどうした」 「国民は皆疲弊しております。以前のお優しい父上と母上に戻ってほしいと願っております。どうか、私も力を尽くしますから、これ以上罪を重ねてまで国を守ろうと、繁栄を取り戻そうとするのはおやめください」  王妃はその言葉に眉を少し動くと、扇を降ろしてレオの目を見つめ返した。 「魔法のないコーデリアなど、どんな価値があろうか」 「いいえ、魔法がなくとも。魔法が消えても、国民がいる限り、そして国民を思う王族がいる限り大丈夫です」 「レオ……」  ユリウス様の手が私の手を強く握りしめている。  彼もまた静かに同じ王族の立場の者として耳を傾けていた。 「無理だ……」 「え?」 「もう贄儀式は発動してしまっている。止められぬ」  その言葉のすぐあとで、私の心臓あたりが強く痛み出した。 「あああああ!!!」 「ユリエ!!」  身体が引き裂かれるようなそんな痛みが襲ってきて、意識が遠のき始める。  ユリウス様とレオが駆け寄って、なんとか解除をしようとするもまるで効果はない。  術をかけた魔術師も王妃の命によって必死に止めようとしているが、解除できないのだろう。  皆の焦った声と表情が私に届く……。  やっぱり死ぬんだ、私……。  そう思ったその時、母の声がした。 『友里恵、辛い時はこのおまじないを唱えてごらん』 『おまじない?』 『そう、「穢れよ、消えよ」』 『けがれ?』 『そう、繰り返してみて』  そうだ、小さい頃からよく言われたおまじないの言葉。  なんで今思い出すんだろう。  走馬灯ってやつなのかな。  お母さん、会いたかったな、もう一度、もう一度、会いたかった……。  私は最後にその思いを込めて呟く。 「穢れよ、消えよ」  その瞬間、私を縛り付けて苦しめていた何かが消えていく。  すごくゆっくりだけど、心臓の痛みもなくなったいった。  やがて、静かな時が訪れる── 「ユリエ……?」 「ユリウス様、レオ様……」  どうやら何か危機は過ぎ去ったのだと感じ取って、私は意識を手放した。
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