第23話 穢れ払いの力

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第23話 穢れ払いの力

 意識を取り戻したすぐ後に、私は自分の手を握る誰かのあたたかさを感じてそちらに視線を移す。  頭がぼうっとする中、見慣れた彼の存在を認識して少しずつ覚醒する。 「ユリウス、様……?」  唇がほとんど動くことがないほどの小さな囁きで彼の名を呟く。  ベッドに眠る私の手を隣で優しく握る彼は、私の声に反応して起きることはない。  そっと遠慮がちにユリウス様の身体をゆすろうとしたところで、自分の後ろ側から声が聞こえた。 「寝かせておいてやれ」 「……レオ、様?」  窓際で壁にもたれて腕を組みながら立っていた彼は、その後も口を開く。 「ずっとお前の看病と護衛を寝ずにしていた」  私はレオの言葉を聞いて、もう一度ユリウス様に視線を移す。  ふんわりとした彼の髪を見つめると、呼吸に合わせて静かに動いていた。 「具合は?」  再びレオからの言葉で振り返ると、私のほうをじっと心配そうに見つめている。  その言葉数少ないながらも私を気遣う言葉に少しだけ微笑んだ。 「大丈夫です。私はどうして……」 「覚えていないのか?」 「いえ、何かおまじないを唱えた時に意識がなくなって……」  必死に自分の中で一番新しい記憶を思い起こそうとする。  アフタヌーンティーをして……エリク様はどうしてるだろうか。  クレープを食べて……レオは私を好きって言ってくれた。  サクラを二人で見て、それで……。  目の前にあるシーツにポタポタと涙を落ちる。  悔しいのか悲しいのか、心がいっぱいで泣きたくなった。 「ふえ……うえ……ああ……!」  込みあがってくる感情にどうしても抗えなくて涙が止まらない。  恐ろしい贄儀式の記憶がよみがえってきたのと、また反対にユリウス様が傍にいてくれた安心さで複雑な涙を流してしまう。  助けてくれたユリウス様とレオ様になんとかお礼の言葉を言いたいが、声が震える。 「んぐ……ふえ……あり……がとう……ございま……ふえ」 「わかったから、とりあえず気が済むまで感情吐き出せ」 「──っ!」  その言葉になんとか抑えていた感情さえも爆発してしまって、顔を抑えて泣く。 「わあああーー!!」  ずっと一人で闘っていたような気がして気を張っていた私は、大声をあげる。  誰にも言えなかった辛さや寂しさ、苦しさ、怖さ……。  たくさんの感情があふれ出してきて止まらない。  顔を覆っている私の頭に誰かの手が触れた。  そっと手を外して視界を広げると、すぐ横で私の頭に手を伸ばしている彼の姿が映る。 「ユリウス様……」  その少し後で反対側から私の頬に軽く手を当てられる。 「レオ、様……」  二人はそっと私に微笑みかけた──  コーデリア国はその後、他国への侵攻を中止した。  侵攻を主導していた国王はまもなく退位することとなり、協力していた王妃も共に隠居することとなったそう。  戦争に反対していた国民は最初こそ国王と王妃を非難したが、誠意ある謝罪と国民への補償、そして今後の平和を約束するしたことにより、段々国民の心も動き始めた。  そうして、次期国王にはレオがなることが内定した──  私の体力が戻った頃、私はレオの妹であるエルミア様の呪いを解くために第一王宮へと来ていた。 「すごい……」 「第二王宮と違って正式なほうだからな。国賓もこちらでもてなすし」 「そりゃそうですよね。それにしても……」  第二王宮も煌びやかだと思っていたけど、さらに明るさを感じる。  ステンドグラスを多く使った彩ある窓は神聖さと荘厳さがすごい。  まさに歴史溢れる権威ある宮殿という様子で、私を圧倒した。 「こっちだ」  レオに手招きされて、エルミア様の部屋へ入る。  ベッドにはレオによく似た青色の髪の少女が眠っていた。  眠っているから幼く見えているのかもしれないが、20歳にも満たないような年に見える。  ただ、なんとなく少女からは禍々しい雰囲気を感じた。 「どうだ?」 「はい、確かに胸のあたりを中心によくない雰囲気の気配を感じます」 「祓えそうか?」 「やってみます」  私はなんとか記憶を頼りに思い出した、聖女の力である祓いのまじないを唱えてみる。  大きく息を吸って、両手を合わせて祈り始めた。  段々自分の中にあたたかい力の気配を感じて、それを意識的に大きくしようと頑張る。  自分の中で最大限に大きくなった瞬間に、私は唱えた。 「穢れよ、消えよ」  自分の中の力をエルミア様に解き放つイメージ。  目を開けたその瞬間、私の中で増幅された力がベッドで眠る彼女に向かっていった。  エルミア様の身体が光り輝くと、胸のあたりにあった禍々しさが一気に消える。 「やった……?」  その瞬間、ベッドで眠っていたエルミア様がゆっくりと目を開いた。 「エルミアっ!!」 「おにい、さま……?」  レオは目を覚ました彼女のもとへ駆け寄った。  数年ぶりに兄妹は言葉を交わせたことに、喜びの笑みを浮かべていた──
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