第28話 平和で懐かしい日常

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第28話 平和で懐かしい日常

「何よ、そんなに部屋をじろじろ見て」 「いや、ううん。なんでもない」  あまりの懐かしさと嬉しさで台所、リビング、テレビ、タンス……様々なものを見てしまう。  向こうとはまるで違ったその全てに、なんだか不思議な気分。  こっちが今まで私が馴染んでいた世界だっていうのに、なんだかそうじゃない気がして。  テレビの前にあるローテーブルの横に置かれた座布団に腰かけると、落ち着いてため息が漏れる。 「何よ、そんなおっさんみたいな声だして」 「ごめん、ごめん! なんだか懐かしくて」 「今朝までいたじゃないのよ」 「そうだよね……そうなんだよね」  私は面白おかしくなって大きな声で笑ってしまう。  ああ、いつものお母さんだ……。  お茶を入れて私の目の前に置くと、その足でせわしなく台所に戻る。  目の前のそれに視線を移すと、氷が3つ入ってあった。  私が冷たいものが好きでいつも入れてくれる、そんなお母さんの優しさを感じてちょっと微笑む。  ありがたくそのお茶を飲むと、先程まで飲んでいた紅茶とは違うなんというか庶民的で慣れた味。  窓から見える景色は、宮殿や大きな屋敷でもなんでもない、コンクリートの一軒家やマンション。  都会みたいにとても大きなマンションじゃないけど、目の前には5階くらいのそれが立っている。 「まきちゃんと遊んできたんでしょ?」 「うん、写真撮ってカフェで話しまくった」 「あんたたちいっつも話長いんだから」  母は冷蔵庫とガスコンロを行ったり来たりしている。  次々に冷蔵庫からテーブルに並べられていく食事は、すでにあらかた出来上がっており、きっと私がまきちゃんと遊んでいる間に作ってくれてたのだろうと思う。  煮物と揚げ物と、サラダが二種類も……。  なんか、いつもより多い……?  私が異世界での食事に慣れすぎたせいか。  そう思ってテーブルのほうへと近づいていきながら尋ねてみる。 「なんかいつもより多くない?」 「ふふ、だって卒業なんてお祝いじゃない。作りすぎたわよ」  そう言いながら、まだあるわよ、と言って冷蔵庫から私の好きな青菜のお浸しを出してくる。  仕上げのかつおぶしを乗せると、ふわっと和風の香りが漂ってきた。 「いただきます」 「どうぞ」  手を合わせてお箸をまずはお浸しに向ける。  しょっぱめの味付けは本当に久々で舌がびっくり。  でも、少し後にはもうその味に馴染んでいて、やっぱり細胞レベルで親しんでいるんだな、なんて思う。  卵焼きは少し甘め。  でも、本当はお母さんはしょっぱめが好き。  きっと私に合わせて作ってくれてて、それが嬉しくてたまらない。  どれもみんな懐かしくて、私はお母さんのあたたかみを感じる。  ああ、これだ。  やっぱりこの味も、この家も、それに……。 「お母さん」 「なあに?」 「ありがとう」  やっぱり、私はお母さんが大好きだ──  現代での生活はいつの間にか一週間経っていた。  お母さんの買い物に付き合って、でも、学校はなくてみんなに会えなくて。  家でテレビをみて笑ったり、足を延ばしてくつろいだり。  ふふ、こんな姿見られたら、はしたないって怒られちゃう。  そんな風に思った時に、ふと彼の笑顔がよみがえる。 『大丈夫、私はいつでもユリエの心にいる。傍にいるから』 「ユリウス様……」  思わず呟いたその言葉は、キッチンにいる母には聞こえていなかった。 「──っ!」  考え込む私の意識を戻すように、テーブルに置いてあった携帯のバイブレーションが鳴る。  手に取って画面を見ると、そこにはまきちゃんの名前。 「まきちゃん……?」  私は慌てて通話に出ると、いつもの元気な声が聞こえてくる。 「あ、友里恵? 元気にしてた?」  その親友の懐かしい声に、再び苦しくなる。  ずっと、声が聴きたかった。 「うん、元気だった」  何年振りにも感じるけど、まきちゃんにしたら一週間なんだよね。  涙を彼女に悟られないように拭う。 「あのさ、なんかやっぱり寂しいね」 「学校ないと会えないからね」 「明日とかってあいてる? 遊べたりする?」 「あーちょっと待って?」  私は耳から携帯を外すと、お母さんに声をかける。 「お母さん! 明日、まきちゃんと遊んできていい!?」 「いいわよ~あ、夜には戻ってね!」 「は~い!」  返事をしてまきちゃんにも大丈夫と言った──
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