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咲希 1
唯川咲希、中学三年生。
受験勉強真っ只中な学生–––と言っても、受験に対してあまり実感が湧かなくて、勉強はあんまり…いや、まったくやってない。
「あ、咲希、帰ろー。美紀は応援団の練習しに行ってるよ」
鞄からスマホを取り出しながら話しかけてきたのは、クラス一頭が良くて、クラス一背の小さい友達、わかば。
応援団の練習をしているなんてこと、窓際のここからじゃばりばり見えるし、何なら、今だって美紀が早速グラウンドでハチマキを巻いている姿を見ていたのだから。
続々と応援団の生徒たちがグラウンドに集まり始めたのを見て、私はため息をついて、机の横にかけていたリュックを背負い、教室の戸を開けた。
「…ん、知ってる。てか、女子が団長のクラスなんてうちしかないんじゃない?」
「こら、今はジェンダー社会だぞ。美紀がそういう子だってのは咲希も分かってるでしょ」
「そりゃそうだけどさ」
それでも、美紀と帰れないのは寂しいよ。
そうわかばに言うのは憚られて、私はさりげなく、グラウンドが見える方から帰ろうとする。
わかばはにこにことよく喋っていて、気づいていないようだった。
美紀と数人は既に声出しをしている。
…こっち、見ないかな。
わかばの話に適当に相槌を打ちながら、美紀をじっと見つめる。
馬鹿みたい、都合よくこっちを見てくれたりなんて、するはずないのに。
…のはずなのに。
美紀は、こっちを振り仰ぐ。
思わず、手を振ると、遠目でもわかるくらい、満面の笑みを向けられる。
「…!」
「あ、美紀がこっち向いてるよー」
わかばの声なんて耳に入らなかった。
美紀と帰ることができない不満なんて、もうすっかり消えていた。
心が躍る。
私は、美紀のことが好きだ。
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