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兄妹とチャーハン6
朱梨たちは帰路に就いた。行き同様、奈海がおかもち、朱梨が掃除用具を持っている。料理を運んでおかもちは軽くなったが、一切使わなかった掃除用具は少しも中身が減っていないから重い。
「良かったな、遥香さんと大雅さんが仲直りできて。また来てくれそうだったし」
奈海は重たい荷物を持つ朱梨に見せつけるようかのように、軽いおかもちを元気よく振りながら、住宅街を歩いていく。
「そうね。――よっこいしょ」
朱梨は掃除用具の箱をときどき持ち直しながら、置いていかれないように足を速めた。
「そういえばさ、うち思い出したんだけど」
奈海が突然話題を変える。
「何?」
「うちらも高校生のとき、大喧嘩したよな。原因忘れたけど」
「そんなこと、あったっけ?」
「あったよ。ほら、うちが掴みかかりそうになって、クラスメイトのみんなが止めに入ってさ。その場は一旦収まったけど、そこから一週間ぐらい口利かなくて」
「それでどうなった?」
「あるとき、ホームルームのあとの教室に偶然二人きりになるタイミングがあって、先生が教室に鍵かけて無理矢理仲直りさせてきた」
「強引ね」
「そう! だから、あのときは教室出られたら覚悟しろよって思うぐらいむかついた」
「そのころの奈海、血の気が多かったからね」
「でも、そのおかげで話し合えて仲直りできた。そのとき、仲直りには多少強引さも必要って学んだよ」
そうか、それであんな強引に電話かけさせたのか。朱梨は奈海の行動に納得した。
それに、朱梨は奈海に嘘をついた。大喧嘩したことを忘れた振りをしたが、実はちゃんと覚えている。加えて、彼女が覚えていなかった喧嘩の原因もはっきり分かる。
あれは家庭科の調理実習で料理を作ったときのことだ。当時、料理が不得意だった奈海は間違って具材を焦がしてしまい、その班はほとんど焦げを食べる羽目になってしまった。偶然同じ班だった朱梨がうっかり苦い、と口に出してしまい、それを聞いてしまった彼女に怒られてしまったのだ。そのときの料理がチャーハンだった。調理実習にしては地味だと思った記憶がある。
そうか、だからかもしれない。朱梨はあることに気付いた。
チャーハンは奈海にとって喧嘩の原因で、親友と仲直りを思い出の料理だったのだ。実際、朱梨もあの大喧嘩と仲直りを経て、彼女とさらに仲良くなれた気がしていた。
それに、奈海はチャラチャラしているように見えて、実は負けず嫌いなところがある。あのとき、焦がして失敗したことが悔しくて腕を磨いてメニューに入れたのかもしれない。
「ねえ、奈海」
朱梨は奈海に声を掛けた。彼女は振り向いた。
「今度、わたしもチャーハン食べたい。次に行ったら頼むね」
「何だよ、急に」
「ダメなの?」
「ダメじゃないよ。美味過ぎてぶっ飛ぶ」
「ハードル上げるわね。楽しみにしてる」
朱梨は笑った。仲直りのチャーハン。また店に行く楽しみが増えた。
そう朱梨がにこにこしていると、奈海が突然「でも」と言って足を止めた。朱梨も振り返りながら立ち止まった。
「別に今度から賄いで出していいのか」
「賄い? わたし、従業員じゃないよ」
朱梨は話の方向性に混乱した。
「あれ、話してなかったっけ。あんたさ、正式にうちで働くことになったから」
「え!」
ガシャン!
あまりの急展開に朱梨は思わず掃除用具の箱を地面に落としてしまった。蓋が開き、地面に掃除用具が散らばった。
おいおい、と言いながら奈海はしゃがむと雑巾やらスプレーやらを拾い上げっていく。
「ちょっと、待って。わたしは小説家よ」
「絶賛スランプ中の、だろ。それに、朱梨は仕事の要領も良いって分かったからな。入ってくれたら百人力だ」
「それは言い過ぎだし、要領の良さを発揮するほど働いてないわよ。っていうか、凛さんが許さないでしょ」
「あー、もうね、その段階は終わってるの」
「は?」
奈海は手を振って否定すると、スマートフォンの画面を朱梨に見せた。それは奈海と凛とのメッセージ画面で、『凛さん、朱梨をこのまましばらく借りていいですか?』『どうぞ、どうぞ! ネタ探しさせてやってください!』という会話が交わされていた。しかも、やり取りにほとんどタイムラグがない。
「わたしのこと勝手に!」
「ということで、今日から朱梨は晴れてツリーハウスの店員です。おめでとう!」
「めでたくない! これじゃあ、原稿がより進まないじゃない!」
「自席に着いても進まないだろ」
「ちょっと!」
奈海はおかもちと一緒にぴょんぴょん跳ねながら夕日の差す住宅街を行く。朱梨は重い掃除用具の箱を持ち上げ、追いかけた。二人の影は来た道に向かってすっと伸びている。
こうして、この日が朱梨のカフェ・ツリーハウスの店員としての初出勤になった。
兄妹とチャーハン おわり
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