2人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
忘れたい人とナポリタン3
それから十数分歩いて朱梨たちは出前先の重田宅に到着した。古いアパートで、注文主はこの二階に住んでいるらしい。学生の一人暮らしだろうか。朱梨も学生だったころ、こんなところに住んでいた。
朱梨たちは外階段で二階に上がって重田という表札の角部屋に向う。いまどき珍しく、このアパートにはインターフォンが付いていなかった。
仕方なく奈海はドアを強くノックしてカフェ・ツリ―ハウスです、と名乗ると、すぐにはーい! と元気の良い声がしてドアが開いた。出てきたのは明るい茶髪の女の子だった。
「ありがとうございます」
「お待たせいたしました。こちらはご注文のナポリタンです」
朱梨は手許のおかもちを地面に置いて開け、ナポリタンの皿を出した。
「美味しそう! ありがとうございます」
重田はとろけるような顔になった。確かに、皿からはケチャップの良い匂いが漂ってくる。
「料金は八百円です」
朱梨はえっと、とまごつきながらお金の入った袋を出した。この一週間で何度か出前に出たけれど、未だにお金のやり取りは慣れない。
「はーい」
彼女は服のポケットから財布を取り出して小銭をチャラチャラと出した。
朱梨はそれをいただいて手のひらで数える。ありがたいことに百円玉が八枚揃っていた。
「ちょうどいただきますね」
朱梨は受け取った八百円を袋に入れる。チャリンと売上の音がした。お金の扱いは苦手だけれど、店の売上が目の前で増えるは嬉しい。
「それではまたの」
お越しをお待ちしております、とお決まりの挨拶をしようとしたとき、あの、と彼女に引き留められた。朱梨は空になったおかもちを持ち上げる体勢で止まった。
「このあと、お時間ありますか?」
ナポリタンの皿を持った彼女は玄関先の朱梨たちにそう尋ねた。
最初のコメントを投稿しよう!