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マフラーを外し、コートを脱いで席に座る。渡されたおしぼりが温かく、かじかむ指先にじんわりと熱が移る。
「結城ちゃんもいつものやつでいい?」
川辺さんがお品書きに視線を落としながらネクタイを緩める。顎を上げた瞬間喉仏が上下する。
川辺さん行きつけの居酒屋。モツが美味しいと連れて来られたのはもう半年前になる。日本酒も豊富なんだよ、と見せられたアルコールメニューには私の大好きなワインは載ってなかった。最初こそ肩を落としたものの、今ではこの店を結構気に入っている。
「今日は熱燗にしてもらおうかな〜?」
「お、いいね! オヤジ、熱燗。あと、」
「おでん」
カウンターの向こうにそう言うと、丸坊主のオヤジと川辺さんの視線がこちらに向く。
「結城ちゃん、いいね〜」
「私玉子が好き。あと大根と昆布あります?」
「お姉ちゃん昆布好きかい?」
「はい、煮しめの昆布とか」
「そういえばおにぎりの具も昆布が好きって言ってなかったっけ?」
「よく覚えてますね!」
真横を向けば、得意そうにする川辺さんの顔。私の胸がきゅっと弾む。
私たちは恋人同士ではない。『同僚に想いを寄せ失恋した同盟』だ。
私が好きだと思った男性と、川辺さんがずっと好きだった女性が恋人同士に。
同時に私たちは失恋。
私も川辺さんも、自分の気持ちは周りに筒抜けだった。一緒に傷を舐め合う、慰めの飲み会は、いつしか普通の飲み会に。
だけど私はこの時間を好きになっていた。川辺さんは明るくて気遣いができて、ちょっぴり鈍感。お酒が入るとずっとニコニコ笑っている。そんな笑顔を独り占めしている時間がずっと続けばいいと思ったのは、ここで日本酒を好きになった日。
出汁の匂いが鼻孔をくすぐる。熱々のおでんと熱燗をオヤジから受け取ると、川辺さんが慣れた手付きでお猪口に注いでくれた。
「ありがとうございます」
「うん、乾杯」
初めは嘗める程度に。それでも喉が熱くなる。
熱々のおでんも大好きな昆布をはふはふ言いながら食べる。
「美味しい?」
「はふっ」
はいと言ったつもりなのに、恥ずかしくて手で口元を隠す。嚥下して、私はずっと聞いてみたかったことを何でもない風を装って聞いてみることにした。
「川辺さんはふっきれました?」
入社してからずっと好きだった女性を。川辺さんは今年29歳。かれこれ6年の片思いは、まだ引きずっているのだろうか。
「ん〜、どうだろうね。結城ちゃんは?」
川辺さんは玉子を半分に割って口に入れる。
「私ミーハーなんですよね。目の前にいる人を好きになっちゃうって言うか……」
私の視界にはお猪口を傾ける川辺さんが。結構アピールしてるつもりなんだけど、鈍感な川辺さんは気付かない。
「目の前? え!? オヤジのこと?」
恋愛対象結構広いね、なんて小声で囁かれる。
違いますよ、という気持ちで川辺さんの目をじとっと見る。お互いの瞳にお互いが映る。
「……今、目の前にいるの俺だけど」
胸が大きく弾む。
鈍感な川辺さんでも私の気持ちに気付いただろうか。
「……。な訳ねえか! こうやってサシ飲みすんのももう何回目? 5回くらいだっけ?」
違う、8回目。
私なんてただの後輩の一人くらいにしか思われてないんだろうな、とへこむ。
お猪口の熱燗はぬるくなっていて、勢いよく傾けて飲み干した。喉がじわじわ熱くなる。川辺さんが空いたお猪口にゆっくり注いでくれる。
「もうすぐクリスマスじゃないですか。毎年誰かと過ごしてたんですよ」
「今年は? あ……」
一緒に過ごす恋人がいないことに気付いた川辺さんが「友達は?」と言い直す。
「みーんな彼氏いるから」
「じゃあ初ぼっちクリスマス?」
唇をへの字に曲げて、きっ、と睨む。
「酷い川辺さん。ぼっちとか……。そういう川辺さんはどうなんですか!?」
「俺もぼっちです。ごめんなさい」
川辺さんは反省した猿のように首を直角に曲げた。それから窺うようにこちらを見てくる。
「ごめん。今日は奢るから許して?」
「奢らなくていいです」
「ええ〜許してくれない? ほんと悪かったって。結城ちゃんと距離が縮んでてさ、楽しくて言葉がぽんぽんと……。すみませんでした」
「許します。でもその代わり」
「その代わり?」
川辺さんの首が戻り、上半身を捻ってこちらに耳を傾ける。
目が一度合ったけど、恥ずかしくなって私はカウンターに視線をやる。
「クリスマスまでに、お互い、恋人がいなかったら」
私は一度息を吸う。
「一緒にケーキ食べませんか」
言い終わった途端、鼓動が早くなる。
クリスマスまで何でお前と一緒にいなきゃいけないんだよ――そう返されるかもしれない。
ちらりと川辺さんを窺えば、川辺さんは目を大きくして、それから破顔した。
「いいじゃん。お互い恋人がいなかったら一緒にケーキ食べよ」
言葉が嬉しくて思わず泣きそうになる。
「結城ちゃん?」
「や、約束ですよ」
「うん。約束。指切りする?」
川辺さんが小指を立てる。おずおずと小指を出せば、川辺さんの小指に絡め取られた。
心臓が派手な音を立てるせいで、川辺さんの「指切りげんまん」という声が聞こえなかった。
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