1

1/8
前へ
/20ページ
次へ

1

 部屋の中に朝日が差し込む。  私は生まれて初めて、それを美しいと思った。  ここに来てからの朝は早い。日の出とともに起き出して、身支度をする。一人きりの生活だけれど、寝巻きから部屋着へときちんと着替えるのが私のポリシーだ。  外に出て、井戸水を汲む。10月のこの時期になると、日中は良くても、朝はもう肌寒い。  水を桶に入れて家に運ぶと、まずお湯を沸かす。その間にもう一度外へと出て、敷地内の一角にある鶏小屋へと行く。 「おはよう、コッコ、ケッコー」 「おはよう、アリア」  ケッコーが答える。 「今日は一段と寒いね」 「ああ。でもコッコと一緒だから凍えるほどではないよ」  私はケッコーを撫でた。 「はい、今日の卵。大切に使ってよね」  コッコはその場から動いた。1つの卵を私は大切に持ち上げる。 「今日も卵をありがとう」  私はコッコを撫でると、2匹にご飯をあげる。  そして貴重な卵を落とさないようにしっかりと持って家へと戻った。  街で買いだめした紅茶をスプーンで計って、先ほど沸いたお湯でゆっくりと抽出する。ガラスのポットから滲む茶色は、小さな紅葉を思わせる。  うっとりと眺めつつ砂時計をセットして、エプロンを着る。  戸棚から小麦粉を取り出して、目分量でボウルに入れる。そこにお砂糖、コッコの卵、スローライフの身としては貴重なミルクを入れてよく混ぜる。  鉄のフライパンに油を引いて、生地を流し込む。よく焼けたらひっくり返して、それを2枚作ると、私の朝ごはんの完成。そこに街で買ってきた蜂蜜をかけると極上の味だ。  私は朝日に包まれて、このパンケーキを食べるのが大好きだ。それは、初めて幸せの一部に触れたような気がしてとても嬉しかった。  だから、私は朝が好き。  朝ごはんを食べ終えると、食器を洗って。  さて、今日は何をしよう?  私はモップを手に取って深呼吸をした。 「モップよ、床を磨いて」  別に言わなくてもいい呪文を言うと私は指を動かした。ポイントはここ。魔法を使うのは、指の動かし方が全てと言ってもいい。  モップはゆっくりと動き出した。おっ、上手くいったかも。 そう思ったのも束の間、モップは勢いよく棚に一直線に向かっていった。あっと思った時にはモップは棚にぶつかり、本や置き時計を落としていった。 「止まりなさい!」  モップはぐるぐると回り、やがて力尽きたかのようにパタンと倒れた。  またダメだった。  私はモップを拾い上げて自力で掃除をする事にした。いつもそうだった。結局自力が一番早い。雑巾で窓を磨くのも、魔法で服を作るのも、苦手だった料理でさえも。いつも魔法ではなく自分でやるのが一番早かった。  しょんぼりしながらキッチンへと移動して、葡萄を手に取る。側には瓶を用意して葡萄を潰しながら瓶に入れていく。容器が満たされたらコルクで蓋をする。 「葡萄よ、ワインになれ!」  瓶がグラグラと円形に揺れ始めた。その円は大きくなって、瓶が倒れるかと思い始めた頃、揺れはだんだんと小さくなっていった。 「成功……?」  コルクを抜くと、匂いを嗅ぐ。 「ケホ、ケホ」  アルコール臭が強いワインが出来上がっていた。これじゃあ、美味しくない。昨日作ったワインはただの葡萄ジュースだった。  私はまた肩を落とした。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加