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二十分ほどして、俺はずっとこの場所にいてはいけないと、再び街中を歩くことにした。見慣れた街ではあったが、普段なら見過ごしている景色も多く、俺は錆びたケーキ工場があったり、古民家の横に畳屋さんがあることを初めて知った。
そんなふうに街中を歩いていると、どうしてもお腹が減ってしまった。しかし、学校に帰っても音楽の授業は続いている。だからと言ってお金は持っていないから何も買えない。
どうしようかと思ったそのとき、見覚えのある人が自転車に乗ってこちらへ向かってきた。それほど近づかなくても、俺には正体がわかってしまった。
あれは、母だ!
「え、翔也!?」
母も僕も驚いてしばし動けなかった。なんでこんなところにいるの? と俺は思ったが、それは母も同じだったらしく、「どうしてこんなところにいるの?」
と困惑を隠せない様子だった。
「いや、その」
まずい。こんなところで母に捕まったら、何を言われるかわからない。今まで怒られないように頑張ってきたのに、全部台無しになっちゃう!
俺の結論は、母からも逃げることだった。踵を返し、勢いよく走った。
「あ、待ちなさい!」と声がして、自転車を漕ぐ音が近づいてくる。まずい、まずい、とにかく自転車が入れないような場所へ逃げないと!
俺は田んぼがある方へ全力で走り、自転車では通りづらい畦道を見つけ、そこを足元に気をつけながら駆け抜けた。母の声が遠くなる。自転車を漕ぐ音も聞こえなくなっていく。それでも俺は追いつかれないようにとまっすぐ前を向いたまま道を進んでいった。
何本かあった畦道を渡り切ると、僕も詳しく知らない場所にたどり着いてしまった。知らないうちにかなりの距離を走っていたらしい。周りを見渡すと、道路の向かい側に自動車整備工場と何軒か古民家があり、こちら側には『ルリリ』と書かれた看板のあるレンガの家しかなかった。道路の進行方向に進めば、俺は別の街へ行くこともできた。だけどこのときの俺は歩く体力もほとんど無くなっていた。かなり限界に来ていた。
これから、どうしよう。
俺はとりあえず道端に腰をかけて、空を見上げた。雨は降らないが、今にも泣きそうな表情をしていた。まるで自分を表しているようだった。
こんなことなら、学校にいればよかったかもしれない。でも、怒られてしまうのか。
そんなとき、俺の近くにあった『ルリリ』の扉が開いた。中から白髪頭で小柄なおばあちゃんが出てきて、左右を見渡した。そこに俺がいることが衝撃的だったようで、「あらま」と声を上げて驚いていた。
「どうしたの、こんなところで」
逃げないと。逃げないと。だけど俺の足は疲弊しきっていて、とても逃げる気持ちにはならなかった。
「ごめんなさい、全部俺が悪いんです」
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