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  昔に冬の女王がいたという。  彼女はある時に一人の青年に恋をした。  が、青年は女王の姿を見て逃げ出してしまう。  何故か?  女王は白銀の髪に透明感のある珊瑚色の瞳をした美しい姿をしている。  けれども、青年にはとてつもなく冷徹な女性に見えた。  それに恐怖感を大いに感じてしまい、彼は走り出していた。  女王は青年の心を読んだ。  そして、悲しむ。  この姿が青年にとっての恐怖の対象にしかならぬのなら。  美しさなどいらぬ。  白銀の髪も珊瑚色の瞳も。  声を出さない代わりに、彼女は大粒の氷の涙を流した。  それは辺りに散らばり、大きな氷の湖を作り出す。  女王は天の神に乞い願う。  どうか、わらわの命を捧げるから。  わらわを人に生まれ変わらせてほしいと。  天の神は彼女の願いを聞き届けた。  こうして、冬の女王は長い長い生涯を閉じる。  あれから、どれくらいの時が流れたのか。  ある村に美しい青銀色の髪に透明感のある紫色の瞳の少女がいた。  少女には不思議な記憶があった。  悲しく孤独な冬を司る冬の精霊の女王であった頃の記憶だ。  青年は既にこの世にはいない。  少女はせめてもと、青年のお墓を探そうと閃く。  両親にも話してから、少女は一人で旅に出た。  一ヶ月、二ヶ月と諸国を巡る。  半年が過ぎた頃に少女は北の果てにある国にたどり着いた。  やっとの思いで人々に聞き周り、青年のお墓を見つける。  少女は近くに咲いている野花を摘んでお供えをした。  跪いて亡き青年に黙祷をする。  それを終えたら、帰ろうと立ち上がった。  踵を返したら、不意に後ろから呼びかけられる。  振り返るとそこには、彼女の記憶にある青年にそっくりな男性が佇んでいた。  男性は少女に冬の女王ではないかと告げる。  少女は不審に思いながらも問い返す。  何故、そう思うのかと。  男性は幼い頃から、不可思議な夢をよく見ていたらしい。  あるたいそうな美しい女性が悲しげな顔をして泣いているという。  白銀の髪に透明感のある珊瑚色の瞳の冷たさを感じさせる美貌の女性だと彼は言った。  少女は顔形こそ違うが。  男性は昨夜も不思議な夢を見た。  その中でこの北の果ての国に冬の女王の生まれ変わりの娘が近い内に来るだろうと。  それを聞いた少女は、生涯を終わる際のように黙って涙を流す。  男性はそっと近づき、少女の涙をハンケチーフで優しく拭う。  そして女王が前世であり祖先でもある青年を好いてくれていたのに、逃げ出してしまった事をずっと後悔していたと彼は告げた。  少女は泣き笑いの顔になる。  私はあの時は悲しくて仕方なかったけど、今は違う。  長い時が悲しみを癒してくれたわ。  そして、あの人の冥福をせめて祈りたくてここまで来たの。  そう告げて、少女は今度こそ立ち去ろうとした。  男性は肩を掴んで引き留める。  本当に申し訳ないとは思っているんだ。  あなたには今度こそ、応えなければとも。  だから、もう一度だけ機会をくれないか?  少女はため息をつきながら、渋々頷いた。  男性は近くに停めてあった馬車まで彼女を連れていく。  少女は男性が身分の高い貴族であるとわかり、余計に逃げ出したくなった。  けど、男性は肩に回した腕の力を強める。  少女は馬車に乗り込む。  しばらくは無言の時が流れた。  男性の屋敷に着くと、少女はもてなしを受ける。  贅沢にもお湯を使って、良い香りの石鹸で髪や体を洗ってもらう。  香油で髪を丁寧にブラシで梳き、肌にも塗りこむ。  綺麗な衣服に袖を通した。  髪も可愛らしいリボンで結い上げる。  見違えた少女に様子を見に来た男性は目を見張った。  少女は美味しい食事をもらい、男性にもやっと笑顔を見せる。  夜になったら、ふかふかのベッドでゆっくりと休む。  男性は彼女にしばらくはこちらに滞在するように告げた。  少女が屋敷に滞在して、あっという間に二ヶ月が過ぎる。  男性は少女の両親にも手紙を送った。  両親からも了承を得てから、彼は婚約をしたいと少女に告げる。  戸惑いながらも彼女はそれを受け入れた。  翌年に二人は結婚して、夫婦になる。  男性は少女を生涯守り、愛したという。  少女も男性を慕い、よく尽くした。  少女は後に冬の女王の涙で出来た湖を訪れた。  男性も傍らにいたとか。  この湖は冬の湖と呼ばれ、婚約者や恋人が訪れて、かつていたという冬の女王に祈りを捧げるようになったと歴史書には記されているようだ。  ――The end――
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