忘れないための忘れもの

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振袖を脱ぎ捨てた開放感からか、今日の私は自分でも引くぐらいピッチが早かった。 「ゆっこはまじそういうとこある!」 マジそれなんよと首を縦に振りながらジョッキを握る。 大学生も2年目が終わろうとしているこの冬の時期、いい意味でも悪い意味でもアルコールに慣れてしまった私の口が息をするように軟骨の唐揚げをほうばりコークハイで流し込んだ。 生ビールの安い匂いが充満するはずの居酒屋だが、今はもう何の匂いもしない。成人式の打ち上げが二軒目に差し掛かり、残ったメンツは今日の集まりの中でも特に気を置けないメンツ。小学校から続く友達ばかりだった。 「でもほんと、みんな小学校から変わらんよね」 「ねー。うちら根本変わってなさすぎ」 「小学生とかはるか昔過ぎてびびるわ」 もう誰がなにを喋ってるのかわからない。私はカンでテキトーな方向を向いて相槌を打った。たぶんカンが外れても誰も気にしない、全員がぐちゃぐちゃに酔ってるから。 「すみませーん、これもう一杯!」 空になったジョッキを掲げてテーブルの奥に向かって叫ぶ。 タブレットに叫んでどうするのと誰かが突っ込み、間髪入れずに全員が笑う。 酔いが回ってきたと自覚出来るだけまだマシな方。だからまだまだ大丈夫だと、私は誰に対してか不明瞭な言い訳を重ねて新しくきた梅サワーを一口すすった。 「小学校といえば、あれびびったよね」 「あー、あれね。わたし完全に記憶から抹消してたわ」 梅サワーを一口すする。 「ニュースとかドラマとかでは聞いたことあるけどリアルにああいうのあるんだね」 「あれでしょ?自殺しちゃった子」 梅サワーを一口すする。 「そうそう、がっつり虐待されてたって話」 「え?なにそれ知らない」 「あれゆっこ一次会でその話したときいなかったっけ?」 梅サワーを一口すする。 「いなかったよ!なにその話、聞きたい聞きたい」 「いやなんでもね、自殺しちゃった河なんちゃら君ってお兄さんとずっと比べられてたんだって」 「ほうほう」 梅サワーを一口すする。足りないからもう一口すする。 「でもお兄ちゃんがめっちゃ優秀らしくて全然足元にも及ばなかったの。初めは厳しめに叱られてたそうなんだけどいつの日からもう」 「もう?」 「完全無視。いくらいいことしても親はなにも反応しなかったんだって。テストでいい点取ったり、なんか表彰?されたときとかもあったっぽいんだけど、それも無視。全部なかったことにされるの」 「ひゃー」 「なんだったらご飯も1人だけ用意されてなかったり旅行とかも1人だけ留守番とかだったらしいよ」 「うわー、もうお手本みたいな虐待じゃん」 梅サワーを一口すする。足りないからもう一口、それでも足りないからもう一口。 「てかそのお兄ちゃん今でも優秀らしいよ。国立医学部だって」 「まじ?それ繋がれない?」 「うわゆっこ肉食!この話の流れでそこ食いつく?まじそういうとこな」 それなそれなと言いながら梅サワーをぐいっと呷る。いくら呑んでも今日の記憶は消えそうにない。 私が新しいお酒を注文し終えると、周りはもう別の話題で笑っていた。 みんながアルコールとかつての昔話に溺れる中、私はあの日の河中君の声が聞こえていた。「忘れないために忘れるの」 火の用心の金賞のポスターを忘れて帰った河中君の声が、顔が、頭から離れない。 河中君が忘れないように忘れていったあの日の忘れ物を、私はもう忘れられない。
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