第1話 或る日の食事

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第1話 或る日の食事

 骨が砕ける音と肉が潰れる音。鈍い音を立ててそれは床に転がった。抱え上げようとしたがそれは異様に重く、すぐに諦める。 「さてと。彼は何処かな」  最近は使用人はおろか、僕とも会おうとはしなかった。明らかに人との接触を恐れていた。そう考えると部屋から一歩も出ていないだろう。  手に持っていた天使の置物を床に放り投げて、殆ど倉庫になっている両親が収集していた美術品が乱雑に並べられた部屋から出る。美術品は元々、家じゅうに飾ってあったものだが、目障りなので全部まとめて母の寝室であった部屋に押し込んだ。  一応鍵は閉めておき、紺色の絨毯が敷き詰められた廊下を軽快な足取りで進む。僕が財産を相続して唯一大金を使ったのが、朱色の絨毯を紺色に変えることだった。今思えば紺色ではなく赤茶色にしておけば、彼の容姿にとても合っていたかもしれない。汚れの目立たなさだと紺色の方が都合がよいだろうけれど。  三階へと階段を上る途中で使用人のルイーゼ──日に焼けてそばかすが目立つが、健康そうな農家の出の娘だ──が僕の部屋の清掃を終えたのか箒とバケツを手に持って下りてくるのが見えた。僕と目が合うと踊り場の端に寄って目を伏せる。ルイーゼの正面で足を止めて微笑み掛けた。 「お疲れ様です、ルイーゼ。今日はお昼からでしたか」 「はい、旦那様」 「なるほど。では、午後のティータイムが一層楽しみになりました。また貴女の美味しい焼き菓子を頂けそうですから」  ルイーゼは頬を赤らめ「ありがとうございます」と照れたように笑んだ。僕は彼女の前を通り過ぎて、階段を上る。 「あの」
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