プロローグ

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「悪い。取引先にもらったんだが片付けるのを忘れていた」  華やかな花束を渡してくる相手など女に決まっている。比嘉の横顔に少しぐらいは嫉妬が見えないかと期待したが、色素の薄い瞳には不快感しかない。誰からもらったの、なんていう嫉妬混じりの可愛らしいセリフは一生言ってくれないだろう。そんなことを思っていたから、エンジンをかけて窓を全開にした海棠は、うっかりすると聞き逃しそうな小さな呟きが聞こえて、軽く目を見開いた。 「…海棠に花を贈るなら、『海棠』を贈ればいいのに」  ちらっと隣に目をやると、比嘉は海棠の視線を避けるように助手席側の窓の方を向いてしまった。ゆるく束ねた髪の合間から、なめらかなうなじが見え隠れする。表情は分からない。  …明確な嫉妬ではない。比嘉から花をもらったことがあるわけでもない。それでも嬉しかった。比嘉が、『海棠』の名の由来を知っている。それが嬉しかった。
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