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髪がさらりと肩を流れる。華奢で線の細いところも髪の合間からのぞく耳の形やうなじのなめらかさも、大学時代からあまり変わっていない。ただ、少年特有の侵しがたいあどけなさは消えて、柔和な容貌には年相応のしっとりと大人びた表情が浮かんでいる。その憂いを含んだ眼差しには、幾度となく、それこそ会うたびに惹かれる。そのためか、比嘉は海棠のもののはずなのに、常に片思いをしているような気になるのだった。そして甘やかしてしまう。
海棠はひとつ息を吐く。過保護なのも溺愛するのも海棠がそうしたいのだから問題ない。それでも海棠の側に何かあって迎えに来れないときのために、自宅への帰り道くらいは覚えてもらった方がいいだろうとは思う。つい先日、共通の友人に過保護ぶりを知られてしまい、面映い思いをさせられたこともある。
大学から比嘉のマンションまでは単純な道筋だから、その気になればすぐに覚えられるはずだ。
「正門からこの大通りまでは出られるだろう? おまえの好きな古書店があるからな。…古書店に立ち寄らずに通り過ぎるのは無理だろうから入ったとして、出たら右に真っ直ぐだ」
海棠は道案内のために車のスピードを落とした。大学周辺は車の通行料が少なく、夕方の帰宅時間でも後方が詰まることはない。
「あそこに郵便ポストが見えるだろ。あの郵便ポストのある交差点を左折して、信号をひとつ通り過ぎたあと、最初に左手に見えるマンションが、君の自宅のあるマンションだ」
「……ふうん」
まったく興味がないらしい。迎えに来なくていいと言うわりに、自宅の場所を覚える気はさっぱりないようだ。
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