第一話「キスをしてみませんか」

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「……祝井くんの手、本当に素敵」 「コウさんの手、手汗あるけど、なんでいややの」 「べとべと、してるから」 「可愛いと思いますよ。ここまで緊張して、俺と手ぇ繋いでくれとるんや、って」 「残念、体質性」  くつくつと笑ってコウさんは微笑む。リップを塗ったふんわりとした唇に、何もかもに、憧れた。部屋来てなんもせんとか、生殺しや。耐えろ、俺。 「手汗、ほとんど出んすわ」 「それ、いいなあ。本当に」 「やけども。無駄にさらさらしすぎるのも、考えモンですよ? 冬場とか、プリントとか取れへんし、本読むときもめんどいし。ページめくれへん」 「そういうの、あるのかぁ……。わたし、手汗出ると、テキストぐちゃぐちゃになる。あとテストのときとか、プリントびよびよ。計算式とか書けなくなるもん。テストってだけでもうドキドキなのに」  コウさんはそう言って、はー、と。肩を落として、ため息をついた。俺は乗じて、じゃあ・と心の中で勇気を振り絞る。 「コウさん」 「ん」 「いつ、下の名前で、呼んでくれはります?」  俺の問いかけに、コウさんは、そうだなあ。と考え込む。付き合う前から、付き合いだした今も、ずっと"祝井くん"呼びやから──なんや他人行儀で、切ない。俺は、付き合いだした日から、名前呼びやけど。 「いつだろう……。名字に、くん付けで慣れちゃった、ゆっくり直してきたいな。それでもいい?」 「ええですけど。寂しい」  ぷい、とそっぽを向いて俺は小さくため息をつく。常用しているハンドクリームを手にし、チューブから出して、それで手のケアをしだした。 「ほんと、素敵な手。」  そう言って、後ろから俺に軽くもたれかかり、俺の手に触れる。俺と同じ低体温なコウさんの、丁度良い温度が皮膚から滲み、融け入ってくる気がする。ちゅうか存在感ある胸あたっとるっちゅーねん。しぬわ。 「コウさんの手も、可愛いすわ」 「わたし指、短めだけどねえ」 「そんな気になりませんて。爪やってほら、形ええし」  指をからめ、コウさんの指をいじくる。「くすぐったい」、コウさんは笑って手を引っ込めた。 「クリームは、あの雑貨屋さんで買ってるんでしょ?」 「ですよ。ロクシタン。高いけど、コウさんにすすめられたやつ」 「本当にあれいいよね。匂いも良い! さらさらに仕上がるやつと、少しべたつきを残す種類もあるし。わたし、さらさらになるやつ、出来るだけ使ってる」  わたしもつけようか、とバッグを漁り出すコウさんのその中に、みえたもの。スマホだった。白いリボン猫がストラップでついた、赤いそれを点けると、ロックナンバー。それを見て、まあ無理やろと思った矢先、コウさんは「えーとね、」と、聴いても居ないのに、ロックナンバーを口にした。 「いいよ、祝井くんなら、みても」 「え、ホンマに」 「いいよー。隠したいこととか、スマホにほぼないし、番号だって、悪いことに使わないだろうし、祝井くん」
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