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運ばれてきた少年(孝太郎)
私の名前は笠原孝太郎45歳、笠原総合病院院長。
外来患者の診察がひと段落した夕刻、意識不明の患者を搬送すると連絡を受けた。
搬入口で看護師2名と待機していると15分ほどで救急車が到着。
ストレッチャーに乗せられていたのは幼い子供だった。
直ぐに処置室へ運び脈拍、肌の状態、意識の有無、心拍の確認を終えICUへ運んだ。
意識もなく脈も規則性がなく心機能も低下していた。
救急隊員の話では近所の人から、いつも見かける子供の姿が見えなくなったと通報があり警察、不動産管理会社の立ち合いで部屋に入ると、布団の上で男の子が倒れていたと言う。
死亡していると思った管理会社の社員が悲鳴を上げ、その後警察官が救急に連絡、隊員が確認したところ僅かながら呼吸も脈もあり救急搬送の措置を取った。
マンション管理会社の契約書類に書かれた母親に連絡をとったが応答はなかったと言う。
少年の名前は西宮 渢10歳となっていた。
極度の脱水状態になっており唇は乾燥してカサカサになっていた。
そのうえ呼吸困難を起こしチアノーゼも現れている。
生理食塩水などの点滴で急遽水分を補い、生命の危機を脱する対応をし同時に血液検査で血液中の電解質を調べ、バランスの調整に必要な輸液を選ぶ。
少年は10歳にしては身体も小さく体重は平均体重37キロよりも7キロも少ない30キロしかなく、腕も足も白く今にも折れそうなほど細かった。
少年に起こった悍ましい現実、何日も放置され水も食料もないまま意識を失い、あと1日発見が遅れていたら死亡していただろう。
目を閉じて眠る少年の顔はあどけなく、まるで西洋のビスクドールのように愛らしかった。
ピクリとも動かない手をそっと握る、その小ささに涙が溢れて止まらなかった、病院の職員全員が同じ気持ちだった。
搬送されてから丸一日経っても少年の意識は戻らなかった。
翌日の夕方になって見守る看護師にうっすらと目を開ける少年の顔があった。
「先生意識が戻りました」
嬉しさと感動で胸がいっぱいになる、思わず大きな声を出した看護師をとがめる気にならない、自分も同じように叫びたかった。
点滴と栄養剤を続けて投与する、徐々に口からの水分補給ができるようになり口からの食事に切り替えた。
重湯から柔らかいお粥に変え、ゼリーやヨーグルトなども食べさせた。
病室は最上階7階の特別個室に移す、誰に何と言われようと少年を特別扱いすることに決めていた。
専任の看護師を常に部屋に待機させ絶対に一人にしないように気を付けた、病院に運ばれるまでの孤独を考えると少年を一人にすることは出来なかった。
時間の許す限り側にいてやりたいと思った、仕事が終わって食事を済ませると少年の部屋に行って看護師と交代する。
そんな私に息子が気が付いた、少年の話をすると息子も少年に逢いたいと言う。
少年にとって大人より同じ年頃の子の方がいいかもしれないと、少年の部屋への訪問を許可した。
すぐに少年と息子は仲良くなって一緒に食事をし、夜も側にいてやりたいと同じベッドで寝るようになった。
少年は息子に懐いているようだった、息子も兄弟がなく弟のように思えたのかもしれない。
だがそれもあと数日で終わりがくる、元気になって退院した後の事は今は考えないようにしていた。
役所と児童相談所の措置によって18歳以下の保護者のいない児童は養護施設へ入所することになっている。
息子にも早めに話をした、息子はこれまでわがままを言うことも、言いつけを守らないこともなく聞き分けのいい息子だった。
その息子が少年を施設に送ることを頑として拒否した。
泣きながら少年を引き取って一緒に住みたいと懇願した。
必死に訴える息子の表情と自分の中にある少年を保護したいと言う気持ちが合致して弁護士を立てて少年の保護者になる手続きをとった。
少年は晴れて我が家の家族となった。
我が家は私と息子、それに私が子供のころから家の事をやってくれる、春さんという女性と一緒に住んでいる。
3人家族から4人になった、春さんもずっと少年の事を気にかけていた。
家族に迎えることを聞いた時も私や息子同様に喜んでくれた。
私の妻は息子を産んですぐに亡くなり息子を育ててくれたのも春さんだ、彼女は20歳で家へ来た、その頃私は今の少年と同じ10歳だった。
春さんは結婚もせず54歳の現在までずっと我が家の家事全般をしてくれている。
優しい人だからきっと少年も懐いてくれる、手続きが終わって少年に退院したらうちの家族になる話をした。
息子とずっと一緒にいられることが嬉しかったようだ、彼女にも特に戸惑いはなさそうだった。
我が家に引き取る事が決まって、息子の少年への溺愛ぶりに病院の職員たちが始めてペットを飼った子供のようだとはやし立てた。
少年は息子にとって可愛い子猫と同じくらい離れられない存在になった。
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