⑨ シュナイドー公爵令息

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⑨ シュナイドー公爵令息

  ・  ・ 「・・・立ち聞きですか?」 どれほどぼんやりとそこに立っていたのか。 ロベリア嬢には見つからなかったのに。 ソースベリ侯爵家令息には見つかってしまった。 なんと答えようもなくて・・・。 黙りこむ私に、令息は憤りを必死に抑えた声で。話し出す。 「彼女を抱きしめてしまったこと・・・俺は謝りませんよ」 やはり何とも返事はできなくて。 先ほどのことを仕方がないと思っている私に対して。彼は余計にムッとしたようだった。 「あなたは・・・。 学園での自分の噂をご存じですか? 政略だったら、婚約者は蔑ろにして構わないとでも? いや、婚約は解消するおつもりなんでしょうか? それとも婚姻前から、第2夫人の用意をしている?」 早口になっていく彼の声は、私を蔑んでいて。 「幼馴染だからといって・・・婚約者でもない女性をあれほど近くに置くべきではない。 そのうえロベリア嬢は。あの女・・・いえ、あなたの幼馴染に嫌味を言われ続けてた。入園からずっとですよ! 政略での婚約でも・・・いや、そうだからこそ。 身辺整理はきちんとすべきだ!!」 とうとう最後には睨み付けながら・・・私を責めた。 幼馴染が?嫌味? まさか・・・。 ・・・いや、そういう子どもっぽいところは確かにある。 私と結婚するのだと思っていた幼馴染にとって。ロベリア嬢は”敵”だったんだろう。自分のほうが仲がいいのだと言わずにはいられなかったんだろう。 容易に想像ができてしまう・・・。私の態度が、幼馴染を増長させたのだ、と。 侯爵家令息の言う通りだ・・・。 幼馴染が帰ってきたら。もう子どもではないのだから、きちんと距離を置こうと言わねばならない。 私の婚約者は・・・まだ・・・ロベリア嬢なのだから。   ・  ・ 次の。婚約者とのランチ。 私はサロンの部屋の・・・外でロベリア嬢を待っていた。 もう来てくれないのじゃないかと不安が襲う。 だけど、現れた彼女は柔らかい笑みを浮かべ。私が差し出した手にそっと手をのせてくれた。 いつもと変わらず、楽しそうに時間を過ごしてくれた・・・。 他家のお茶会にも、一緒に行ってくれた。 あの時誘えなかったお茶会は、ぎりぎりでのお誘いになってしまったというのに。 ロベリア嬢は嫌な顔ひとつしなかった。 他の人の目のある所では、アルカイックスマイル。ゆったりとした完璧な淑女の態度。本当の彼女はよく笑う可愛らしい女性だというのに。 ・・・ロベリア嬢の努力には頭が下がる。 公爵夫人にふさわしい努力を、これだけさせておきながら・・・私はどうしてあれほど傲慢でいられたのだろう。 ロベリア嬢が・・・公爵家でいい、と言ってくれるのなら。 私は彼女に相応しくあらねばならない。   ・ 私の卒園はもう目前で。 ロベリア嬢は残り1年を学園で過ごす。 ・・・それが。私の心をざわつかせていた。 私は最近毎朝。馬車どまりへ彼女を迎えに行き、教室までエスコートしている。 なにを話すわけでもない。人目があるところでは、彼女は表情を崩しはしないから。 でも。 最初の日。 ひどく緊張してロベリア嬢を待っていた私を。 見つけた彼女は、馬車の中で嬉しそうにほほ笑んだ。 降りてくるときには、表情はもう取り繕われていたけれど。 ・・・あの笑顔が。今の私の、支えだ。
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