⑩ シュナイドー公爵令息

1/1
前へ
/39ページ
次へ

⑩ シュナイドー公爵令息

卒園式の前夜には、毎年。学園側が卒園パーティを開いてくれる。 長い歴史を持つこのパーティはもともと、夜会デビューの練習のためのものだった。その性質は、ほんの少し残ったまま。 だから。今でも必ず正装で参加する事、とされている。 国が平和になると、婚姻年齢も成人年齢も少し高くなった。夜会へのデビューも卒園から1年以上先が普通だ。 だから。今ではこのパーティは、学生最後の思い出をつくる場としか捉えられない。在校生の出席も認められ、パートナー必須ともされていない。 友人同士で出席する者のほうが、多いのじゃないだろうか。 婚約者とよほど仲が良ければ一緒に参加する。その程度の感覚だ。 私は・・・どきどきと打診した。 「ロベリア嬢。卒園パーティのパートナーをお願いできないだろうか」 「・・・」 返事は無くて。 彼女は・・・扇で綺麗に顔を隠している。 嫌、なのだろうか。なぜか胸が軋むような気がした。 「・・・他に。 ご一緒したい方がいらっしゃるんじゃないでしょうか? 卒園のパーティはそれほど。そのう、気になさらなくてもいいのですし。 無理して誘っていただかなくても私は・・・大丈夫ですので」 少し横を向いた彼女の表情がやっと見えた。 ・・・どうしてそんな悲しい顔をしているのだろう。 「私の婚約者はあなたです」 ただそれだけ言うと。彼女ははっとした顔をする。 「無理なんかしていない。私が一緒に行ってほしいんだ」 そう続けると。 そっと扇を下ろして・・・ふふふっと笑ってくれた。 「わたくしで・・・よろしければ」 今までだって婚約者として最低限、ドレスや装飾品を贈ったりはしていた。 けれど。今回、私はガーネット色のドレスを贈った。それは、私の瞳の色で。 嫌がられはしないかと心配だったが、彼女はそのドレスを着て。一緒に卒園パーティへ行ってくれた。 その後の1年間は毎月のお茶会のほかに。演劇や街歩きへどんどん誘った。 それまでの私は、両親から勧められたときに最低限の観劇に誘うだけだったけれど・・・。 もう学園で会えない。 彼女がどう過ごしているのか知ることができない。 あの令息との関係も・・・見えない。 少しでも、会えない時間があることを・・・私は不安に思っていた。 でも。 ロベリア嬢は、いつも承諾してくれた。私の誘いを断ることが無かった。 一緒に出掛けるのを喜んでくれているようだった。 馬車の中でふたりの時だけは、あのランチの時のように表情を崩してくれた。 ふふふっと声を出して笑う彼女は可愛くて。 私の卒園から半年くらい経ったころ。幼馴染が結婚していたと聞いたけど、悲しくも辛くもなかった。 幸せになってほしいなとしか思わなかった。 ロベリア嬢が卒園し、誕生日を迎えたら。私もすぐに結婚したい。 母が「新婚の間は離れにすんだらどうかしら?」と言ってくれて。 私はすぐに賛成した。 きっとあの。ころころとよく笑うロベリア嬢を見ていられる。 両親と一緒では、彼女は遠慮してしまうだろう。 忙しく、準備を急ぐ私に。両親は揶揄うような視線を送ってくる。少し気恥しくはあったけれど。 父のいう通り、彼女以上の婚約者など見付けられない。   彼女の私室の家具については母にも相談したが、小物は私だけで選んだ。 本人に聞くべきだと父母は言ったけれど。こんなに早くから準備していると露見してしまうのは嫌だった。 ロベリア嬢が、気に入ってくれるといいのだが。   ・  ・ 結婚式が済んで。 花嫁を抱えて彼女の部屋へ行って。 「お話があるのです。どうか白い結婚をお願いいたします」 無表情にそう言われて。 どうしてだ?ずいぶん仲良くなれたと思っていたのに? 私には言葉が出なかった。 「あなたの愛する方とのお子様を実子として育てます。 もちろん公爵夫人として立派に努めます」 ・・・そんなに私が嫌いだったのか。 そんなことならあなたの幸せのために身を引いたのに。・・・うそだ。 「彼が好きなのか? ソースベリ侯爵家令息がいう通り、あちらと婚姻すればよかったんだ」 ・・・何がいいものか。身を引けるはずがない。 そんなことは言えやしなくて。私の声は自分でも嫌になるほど冷たい。 「あなたには、お分かりになりませんわ」 あぁ!わからない。 私は! ・・・私は何を間違ったのだろう。 政略の結婚だ、そう理解していたはずなのに。彼女はいつも笑ってくれたから。すっかり勘違いをしていたんだ。 彼女は私を好きなのだ、と。 彼女はひとこともそんなことを言ったことはないのに。 それに。 私だって。一度も。自分の気持ちを伝えたことは無い。 ずっと・・・。このアッシュブロンドの髪に触れたかったくせに・・・。 幼馴染の髪をなで。友人に言い訳したあの日。 あの時。 私の頭に浮かんでいたのは・・・侯爵令息とロベリア嬢だった。 幼い頃でも。私が幼馴染の頭を撫でたことなどなかったんだ。 私は対抗したかっただけだ。本当に撫でたかったのはロベリア嬢だったんだ。 それにもっと・・・早く気付くべきだったのに。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

241人が本棚に入れています
本棚に追加