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⑩ シュナイドー公爵令息
卒園式の前夜には、毎年。学園側が卒園パーティを開いてくれる。
長い歴史を持つこのパーティはもともと、夜会デビューの練習のためのものだった。その性質は、ほんの少し残ったまま。
だから。今でも必ず正装で参加する事、とされている。
国が平和になると、婚姻年齢も成人年齢も少し高くなった。夜会へのデビューも卒園から1年以上先が普通だ。
だから。今ではこのパーティは、学生最後の思い出をつくる場としか捉えられない。在校生の出席も認められ、パートナー必須ともされていない。
友人同士で出席する者のほうが、多いのじゃないだろうか。
婚約者とよほど仲が良ければ一緒に参加する。その程度の感覚だ。
私は・・・どきどきと打診した。
「ロベリア嬢。卒園パーティのパートナーをお願いできないだろうか」
「・・・」
返事は無くて。
彼女は・・・扇で綺麗に顔を隠している。
嫌、なのだろうか。なぜか胸が軋むような気がした。
「・・・他に。
ご一緒したい方がいらっしゃるんじゃないでしょうか?
卒園のパーティはそれほど。そのう、気になさらなくてもいいのですし。
無理して誘っていただかなくても私は・・・大丈夫ですので」
少し横を向いた彼女の表情がやっと見えた。
・・・どうしてそんな悲しい顔をしているのだろう。
「私の婚約者はあなたです」
ただそれだけ言うと。彼女ははっとした顔をする。
「無理なんかしていない。私が一緒に行ってほしいんだ」
そう続けると。
そっと扇を下ろして・・・ふふふっと笑ってくれた。
「わたくしで・・・よろしければ」
今までだって婚約者として最低限、ドレスや装飾品を贈ったりはしていた。
けれど。今回、私はガーネット色のドレスを贈った。それは、私の瞳の色で。
嫌がられはしないかと心配だったが、彼女はそのドレスを着て。一緒に卒園パーティへ行ってくれた。
その後の1年間は毎月のお茶会のほかに。演劇や街歩きへどんどん誘った。
それまでの私は、両親から勧められたときに最低限の観劇に誘うだけだったけれど・・・。
もう学園で会えない。
彼女がどう過ごしているのか知ることができない。
あの令息との関係も・・・見えない。
少しでも、会えない時間があることを・・・私は不安に思っていた。
でも。
ロベリア嬢は、いつも承諾してくれた。私の誘いを断ることが無かった。
一緒に出掛けるのを喜んでくれているようだった。
馬車の中でふたりの時だけは、あのランチの時のように表情を崩してくれた。
ふふふっと声を出して笑う彼女は可愛くて。
私の卒園から半年くらい経ったころ。幼馴染が結婚していたと聞いたけど、悲しくも辛くもなかった。
幸せになってほしいなとしか思わなかった。
ロベリア嬢が卒園し、誕生日を迎えたら。私もすぐに結婚したい。
母が「新婚の間は離れにすんだらどうかしら?」と言ってくれて。
私はすぐに賛成した。
きっとあの。ころころとよく笑うロベリア嬢を見ていられる。
両親と一緒では、彼女は遠慮してしまうだろう。
忙しく、準備を急ぐ私に。両親は揶揄うような視線を送ってくる。少し気恥しくはあったけれど。
父のいう通り、彼女以上の婚約者など見付けられない。
彼女の私室の家具については母にも相談したが、小物は私だけで選んだ。
本人に聞くべきだと父母は言ったけれど。こんなに早くから準備していると露見してしまうのは嫌だった。
ロベリア嬢が、気に入ってくれるといいのだが。
・ ・
結婚式が済んで。
花嫁を抱えて彼女の部屋へ行って。
「お話があるのです。どうか白い結婚をお願いいたします」
無表情にそう言われて。
どうしてだ?ずいぶん仲良くなれたと思っていたのに?
私には言葉が出なかった。
「あなたの愛する方とのお子様を実子として育てます。
もちろん公爵夫人として立派に努めます」
・・・そんなに私が嫌いだったのか。
そんなことならあなたの幸せのために身を引いたのに。・・・うそだ。
「彼が好きなのか?
ソースベリ侯爵家令息がいう通り、あちらと婚姻すればよかったんだ」
・・・何がいいものか。身を引けるはずがない。
そんなことは言えやしなくて。私の声は自分でも嫌になるほど冷たい。
「あなたには、お分かりになりませんわ」
あぁ!わからない。
私は!
・・・私は何を間違ったのだろう。
政略の結婚だ、そう理解していたはずなのに。彼女はいつも笑ってくれたから。すっかり勘違いをしていたんだ。
彼女は私を好きなのだ、と。
彼女はひとこともそんなことを言ったことはないのに。
それに。
私だって。一度も。自分の気持ちを伝えたことは無い。
ずっと・・・。このアッシュブロンドの髪に触れたかったくせに・・・。
幼馴染の髪をなで。友人に言い訳したあの日。
あの時。
私の頭に浮かんでいたのは・・・侯爵令息とロベリア嬢だった。
幼い頃でも。私が幼馴染の頭を撫でたことなどなかったんだ。
私は対抗したかっただけだ。本当に撫でたかったのはロベリア嬢だったんだ。
それにもっと・・・早く気付くべきだったのに。
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