ソースベリ侯爵家長男リアトリス ①

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ソースベリ侯爵家長男リアトリス ①

「学園は。勉学に励む場であると同時に、社交の練習場でもあるのよ」 ・・・そう母に脅された。 クラス分けは、余程のことがない限り3年間変更されないわ。最初からしっかりと考えてクラス分けが成されているの。 一番大変だといわれる、社交界の縮図のクラスに入る高位貴族は。代々社交界を取りまとめる役目を担う家系の者が多く。 他国からの留学生ばかりのクラスには、もちろん。外交を担う家系の者が多い。 「どのクラスに入れられても、ソースベリ家の長男として立派に過ごすようにね」   ・  ・ 入園式の後、気が重く教室へと移動する。 人数合わせで、とんでもないクラスへ入れられたら。3年間地獄だ。 俺は近隣国の言葉くらいしか、話せないんだぞ!・・・いや、留学生のクラスではなさそうか? 頼む!俺の運!と思いながらクラスの人間を盗み見ていたが・・・。 俺のクラスは、国王派と少数の中立派で構成されているようだ。派閥による問題は最初からほぼ起こらないとみていいな。とほっとする。 あんなに脅すことはなかったじゃないか。母上! 自己紹介は、その日腰かけた席の順だった。 同じ派閥がまとまって座っているので覚えやすい。 一芸に秀でたものが集められている? 入園式で答辞を読んだご令息。 剣術の大会でいつも対戦するご令息。 社交よりも、勉学や剣術その他に重きを置き、伸ばせるように?考えられたクラスではないだろうか。 はぁ。良かった。 のほほんと過ごせそうだと肩の力を抜いた俺は。 すっと美しく立ち上がった、前の席のご令嬢から目が離せなくなってしまった。 クラスの全体を見渡すように体の向きを変えて彼女は。 「ロベリア・ソルティンと申します。 学園ではどうぞ、ファーストネームをお呼びください。 いとこも同じクラスになりましたので」 と笑った。 アッシュブロンドの髪は、窓からの光を受けて煌めいて。少し釣り目気味のエメラルドの瞳は好奇心で煌めいて。 可愛らしい顔立ちなのに。しっかりと自分を持つその表情。 その”いとこ”だというご令嬢は、次に立ち上がる。 彼女もまた。同じファミリーネームでございますからご遠慮なく名のほうをお呼びください、とクラスの皆に許可を与え。 少し恥ずかしそうに微笑んだ。 従属爵位には、同名のものも多い。 ソルティン伯爵家には、子爵の従属爵位があったはずだ。 学生は平等とうたう学園では、自分から爵位を名乗る事も控えるべきだと言われている。 学園の中でだけ、ファーストネームを呼びあうことが許されているのはそのせいだ。 これは従属爵位を持つ者が困らないようにと慣習化された話だ。 だから・・・。 俺は勘違いをしてしまった。 先に「名前を呼んでいい」と言い出したロベリアが。ロベリアの方が、子爵令嬢なのだ。と。   ・  ・ 我がソースベリ侯爵家は、代々。剣でもって王家に仕えている。 当然のごとく、実力主義だ。 3人兄弟の長男だから。一応俺が嫡男と見なされているけれど。 後継ぎとしての勉強は、3人ともに課せられていて。 正式な後継は決まっていない。 学園にいる間に。 侯爵夫人にふさわしい女性を見つけ、勉学でも良い成績を残し、剣の大会でも力を示す。 それが出来て初めて、後継者争いに名乗りをあげることができる。 父である侯爵閣下は次男だし。 祖父である前侯爵閣下はなんと4男だ。 ソースベリ侯爵家を支えていける者が。直系のなかで一番優秀な者が。 侯爵家を継ぐのだ。 実は俺は。幼いころから。侯爵家を継ぎたくなかった。 俺はそんな器じゃない。面倒はごめんだ。 父の兄、伯父上も同じような考えだったから。 代々長男が後を継がないのは、ソースベリ家の伝統なのかもしれない。 俺もまた、伯父上のように。卒園したら騎士の職に就いて、家を出よう。と考えていた。 なのに。 俺は会ってしまった。 ロベリアに。 素晴らしい女性だ。美しい所作なのに。表情を取り繕うことはしない。くるくる変わる表情に魅せられてしまう。柔らかく明るい声に聞き入ってしまう。 打てば響く会話とは、こういうものなのだろうか。 王宮官吏を輩出する伯爵家ご令嬢の議論に。ついていける経済の知識。 外交官を目指す侯爵家3男と会話ができるほど、他国の文化に精通し。 語学力だって。近隣の国々はもちろんのこと。 西の大陸の共通言語すら話すことができると聞いた。 彼女は自分からは一切言わないけれど。 その優秀さは、光り輝くごとく漏れ出している。 彼女の周りにはいつも人が集まっている。 俺もまた、彼女と話すことが楽しくて仕方がなかった。 俺が、はじめて彼女の髪を撫でてしまったのは。何の話からのことだったのか。もう覚えてもいない。 しまった。とただ焦ってしまって。 「す、すまない。つい」 と言ったきり何も言えなくて。 可愛くて。最初に撫でたあの時には、弟と同じ感覚で手が出ただけだった。 それでも、失礼だと嫌われて当然だったのに。 ロベリアは楽しそうに「子ども扱いしないで!」と怒ってくれた。 そのおかげで。 ・・・俺は、希望をもってしまった。 子爵家と侯爵家。 爵位の差は、他家であれば問題だったかもしれないが。 我が家は実力主義だ。ロベリアなら、俺の婚約者として両親も歓迎するだろう。 俺は彼女に嫌われてはいない。格上の侯爵家からの申し込みだ。 きっとロベリアはいいわと笑ってくれるはずだ。 俺には勝算があった。 今日、正式に求婚をしてもいいかと聞こう。明日には、侯爵家から手紙をしたためて・・・。そう思っていたその日。 クラスへやってきた2年生は。 俺を奈落の底に突き落とした。
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