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① ロベリア
ご令息は。
プラチナブロンドにガーネット色の瞳で。たれ目の顔は整っていた。
別れ際にはわたしの手を取って、素晴らしい紳士の微笑で。
「またお会いしましょう」
と言ってくれたけど。
仕方のない婚約だ、と人を無視しそうだったわ。どこか信用できない感じ。
あぁ、いやだ。
ついほぅと小さく息を吐いてしまう。
「ロベリアはまだ悩んでいるのかい?」
お父様はにこりとそう仰る。
帰りの馬車内には家族だけ。3人。
すっとお母さまがカーテンを引いてくださるから。私も自分の隣りを閉めて。
・・・やっとむすりと頬を膨らます。
「だってね、お父様。
我が家から借金する必要があったのかしらと思うんだもの」
初めて行った公爵家のお邸は・・・いえ。あれはお城だったわ。
びっくりして見上げてしまった。
「ねぇ。あのお城を売っぱらったら、借金返済十分できるのじゃない?
どうしてそうしないのかしら」
ふふっと顔を見合わすお父様とお母様。
「そうして、落ちぶれた公爵家だと、社交界で噂されるのかい?
一度そんな噂が立ってしまえば、これから先の保険業にも影響が出てしまうね。
もしも爵位を返す気なら、ロベリアが言うとおりにしてしまうのも手だろうけど。
領地を預かる以上、社交界で下手を打つわけにはいかないんだよ」
お父様に見初められて。商会を手伝いはじめちゃったお母様もすっかり商人気質だけど。もともと侯爵令嬢だから。
「公爵家の領地は広いわ。
もし今、公爵家が失脚しても。まるごと受け入れることのできる貴族家はいないわね。
地図の上で線が引かれ、分割されることになってしまう・・・。
領民は混乱するわ」
領民のことを考える優しいお母様。
「領民のことを考えるからこそ。公爵家はなに一つ変わらずにいなくてはいけないんだ」
「抑えられているのは夫人のディドレス。食費。対外的に見えないもの。
孤児院や教会への寄付は、最近になって増えたほどなのよ。
さすがは公爵家。
・・・お母様はそう思ってるわ」
頷きながら、おふたりの話を聞く。
「借金を背負ってからこっち。
領民からの税を上げたりなどというバカもしてはいない。
公爵閣下はきちんと先を見ているよ。
私は彼が気に入ったね」
にやりと笑うお父様。
ほんの少し、納得いかない気持ちもするけど。それはわたしの経験不足なんでしょうね。
まだちょっとムスッと考え込むわたしに。
お父様は、にこにこと仰った。
「ロベリアもまだまだだねぇ。高位貴族のことには疎いかな?
しかし、お前の望みを叶える気なら、商売相手は貴族だよ?
ちょうどいいから少し学ぶといい。
未来の公爵夫人のために。家庭教師を派遣すると仰っていたからね」
まぁ。そんなお金があるなら、借金返済へ回せばいいのに。
とまた、思ってしまった。
わたしは。
ソルティン伯爵家長女として生まれた。
3つ年上の兄さまは優しいけれど。わたしにとっては目の上のたんこぶ。
「男の子だから後継ぎなんてナンセンスだわ。わたしのほうが優秀だって証明出来たら、わたしが商会を。伯爵家を継ぐわ!」
ずっとそう言い続けてきた。
我が家は商いで財を成している。
兄さまもわたしも幼いころから経済や流通。人を動かすことを学んだわ。
もし伯爵家の跡が継げなかったら、お店を自分で開くんだ。
そう思い続けていた。
・・・先日まで。
シュナイドー家の借金の肩代わり。
のんびりとした感のあるお父様だけど。中身はしっかりと商人。
恩を売ること。それ以外の考えはなかったと思う。
わが国でも片手の指に数えられる旧家。その信用を少し分けてもらえればそれで良かったはず。最初の契約書をちらっと見たけど。利子にはほんの少しの割増ししかしてなかったわ。それ以外で利があるということよね?
なのに。先方から提示されたのは、ご子息とわたしの婚約話だったそう。
お父様は正直に話してくれた。
”息子は一族内の少女と結婚したいと言っているが。13歳になるというのにマナーもなっていないし、我儘な子で気に入らない。
お嬢さんのような淑女と過ごせば考え直すのじゃないかと思っている”
そういう提案だった、と。
わたしは呆れてしまったわ。
「それって。
借金返済の目途が立ったら、婚約解消言い出すんじゃないの?
いくら早くても、全額返済には5年はかかるわよね?
その頃にはわたし、嫁き遅れになっちゃうわ!
他に婚約者、探せなくなるじゃないの!」
「うん、たぶんね?」
お父様はにやりとする。
ううん?私は黙って次の言葉を待った。
「借金返済に伴って婚約解消された時には、慰謝料ふんだくる契約にするから。全額ロベリアにあげるね」
ほうほう。わたしはそれを元手に店をはじめられるわね。
お父様の手元の紙をのぞき込む。予定慰謝料の金額はそれなりで。
うん。この金額なら、いい場所にお店が持てるわ!
「・・・わかった。
但し、ご子息にはこちらから言い出した仕方ない婚約だ、と言ってもらってほしい」
解消しようと思う気持ちも強まるでしょ?
わたしがにやりとすると。お父様は頭を撫でてくださった。
「なかなかいい提案だ」
もともとわたし、貴族家へ嫁に行く気は無かったし。
結婚するにしても、商売のことがわかる人がいいと漠然と考えていたし。
婚約解消されても、わたし個人としては特に気にしないわ。
それに。
借金返済後も。公爵家には婚約解消した、という我が家に対する負い目が残る。
もちろん、私個人に対してもよね。
うふふ。
わたしがお店を開いたら。お得意さまになってくれるかもしれないわ。
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