③ ロベリア

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③ ロベリア

家に帰って。玄関をくぐるとやっと。 ・・・ほぅっと体が弛緩する。 お庭でのお茶会にしたのは、わざとなのかしらねぇ。 明後日来てくださる先生に聞いてみよう。 公爵家で囲まれた使用人の数と言ったら!とんでもなかったわ! 遠くのほうにも人影が見えて。 全方向から見られてるということが、こんなに辛いなんて知らなかった。 すっかり疲れてしまったわ。 ぴたり、と玄関ホールに立ち止まると。 もうここから歩けない気さえする。 「ロベリア、お帰り」 って声は兄さまで。 いつのまにか、隣に来ていらした兄さまは、すっと肘を出してくる。 「仕方ない兄さまね。エスコートさせて差し上げるわ」 笑ってそこに摑まる。歩けそうな気がやっとしてくる。 じっとわたしを見てくる兄さまは何にも言わないし、まだ動こうとしない。 大丈夫?って。今もしも聞かれたら。 『大丈夫って何が?!わたしが大丈夫そうじゃないって言う気なの!?』 そうへそを曲げちゃう、って。 ちゃぁんとわかってるんだもの。嫌な兄さま。 「兄さま嫌い」 クスクスと笑って兄さまはわたしの頭を撫でてくれた。瞳には心配の色。 「大丈夫よ、兄さま。しばらくの辛抱だもの。 慰謝料がもらえるまで、公爵家の婚約者をきちんと務めてみせるわ! それからきっと婚約を解消して。自分のお店を持つんだもの!」 言葉にしたら、決意も新たになった気がする。 「そうだな。やっとロベリアが。伯爵家の跡継ぎを諦めてくれたんだったな」 ニヤッとする兄さま。 「あら。 兄さまが爵位をお継ぎになる前に、わたしの婚約の解消が間に合えば。 後継者争いしてもよろしくてよ?」 うふふと笑うと、やっと少しほっとされたようだった。 「解消する気満々か・・・まぁ、僕もそれでいいと思うけどね」 優しく言った兄さまは、次には。 「ロベリアみたいだと、結婚してくれる相手のほうを心配をしなくてはならないからねぇ」 わたしを揶揄おうとする! 「わたしみたいに”いい子”だったら? まぁ。どうして相手の心配することになるのかしら?」 わからないふりして、わざとそう言う。 兄さまはくすくすと笑いながら、やっと歩き出し。ゆっくりとわたしをエスコートしてくださった。   ・ 婚約者の交流をはかるお茶会は・・・何回目だっけ。 天気がいい日には、外でお茶をするのが定番になりつつあるわね。 今日もまた、公爵令息は馬車どまりまで迎えに来てくれて。 待っていたよ、と全く温度のない瞳で言われた。 婚約してから半年近く。もうすぐわたしは学園へ入園する。 使用人達から、立ち居振る舞いを見られている緊張感には。だいぶ慣れてきたけど。 先生との試験対策は、どんどん厳しくなってきてるのよねぇ。 「ロベリアになら出来るわ。とっても優秀だもの」 最近、先生はわたしを褒めて伸ばすことにしたみたい。 わたしって単純なんだわ。褒められたら嬉しいんだもの。 「温室を通って行こうか」 さすが公爵家の温室には、各国の植物をふんだんに取り寄せてあって。どんな時期にも何かしらの花が見られる。使用人の隠れ場所も多くって最初はどきりとさせられたけど。 花はもちろん、草木の匂いも好きだもの。 見張り?の使用人の数が減ってきた最近では。 温室も、外でのお茶会も嫌じゃなくなってきたわ。 小さな花をいっぱいにつける他大陸に自生する植物。 見ごろだよ、と言われた通り。色合いを少しずつ変えた花が一角を占めている。 黄色い花に、マナーの先生の瞳を思い出す。 学園へ入ったら、他の家庭教師の時間が増えて。 先生は月に2回くらいしか来てくださらないという。 「こんなに早く回数を減らされたのは初めてよ」 それだけロベリアは頑張ったのよ。言葉にはしないままそう褒めてくださって。 ついにまりとしたらしいわ。 「瞳に感情が出てますよ」 怒られてしまったっけ。 もちろん見とれてもいたけど。すっごく気に入った風に立ち止まり続ける。 お茶会の時間を減らしたいのよ。 無難な話を選んで話して。アルカイックスマイルのまま、お茶をいただくだけだもの。 なにひとつ個人的なことは聞きもしないし、話しもしない。 いまだに令息の好きな色さえ知らないわ。 相手もわたしに興味がないけど。わたしだって聞きたいとは思わない。 あのお茶会は、無駄な時間としか思えない。 それでも令息は今日も。帰りに馬車どまりまでエスコートするんでしょうね。 瞳には何の感情もないくせに。また会いましょうと言うんでしょう。 好きな幼馴染がいたのに無理やり婚約を結ばされた。って思ってるはずなのに。 少しもわたしを嫌だと思っているそぶりは見せない人。 公爵家マナーを習い始めて・・・。 この令息の態度は、確かに凄いとどんどん思い知らされてる。 はぁ。本当にわたしって負けず嫌いだわ。 「そろそろ喉が渇かれませんか?こちらへ飲み物を運ばせようか?」 ・・・また。満点の対応。でもその瞳には優しさなんて見つけられない。 「いいえ、失礼いたしました。見せていただいてありがとうございます」 彼はまた、わたしの手を取ってエスコートし始める。 政略としては、これが正しい交流なのかしら? 別に令息と仲良くなる必要はないし。 個人的なことを知る必要もない。 楽しいお茶会ってわけではないけど。退屈はしてないし、嫌な思いもしていない。 毎回馬車どまりまで迎えに来てくれて、エスコートしてくれて。 少し遠回りをしようか。と温室や花壇の花を見せてくれて。 紳士としての対応は完璧。ふるまいも親切。 この先、もしも結婚したとして。 必要な場所でだけ、仲のいい夫婦のふりをして。 相手を煩わすことのない同居人として。干渉せずに過ごしていけるのかもしれない。 そんな結婚生活を望む人も・・・きっといらっしゃるんでしょうね。 だけどわたしには無理だわ。 仲のいい両親のもとで育ったんだもの。 こんな人と結婚なんてしたくないわ。  
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