⑤ ロベリア

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⑤ ロベリア

公爵夫人から、お茶会のお誘いを受けたのは。入園からしばらくした頃で。 緊張しているわたしを。夫人はすごく気遣ってくださった。 もちろん。マナーの先生の”呪文”は唱えているわ。お優しいからと、気を抜いたりはしないわ。 ご令息の幼いころのことをたくさん話してくださって。彼の幼馴染のことも話題にのぼる。 「とても可愛い女の子なのよ」 アルカイックスマイルを消してしまって。にぃっこり微笑まれた公爵夫人の目は。全然、笑ってはいなくって。 背筋が凍るような感じがしたわ。これこそが、令夫人なのねぇと納得してしまった。 そのご令嬢には何の興味もありません、という態度に終始しておいたら。 夫人はそれを評価してくれたみたいだった。 実際、何の興味もないだけなのに。 どういうわけか、公爵夫人からのお茶会の誘いはどんどん増えて。 時々には、公爵閣下も顔を出されたりする。 婚約者とより、その両親と会うほうが多くなってきたわ。 マナーの先生からも。 「公爵夫人と話してきましたわ。よく指導してくれているとお褒めの言葉があったの。ロベリアのおかげでわたくしも鼻が高いわ。これからも一緒に頑張りましょうね」 と褒められて。 他の貴族家のお茶会にも、婚約者として参加していいと許可が出た。 つまり、社交の許可。 ・・・こんな時には、ドレスや装飾品を公爵家で用意するものだけど。 でも。贈ってくれるとは思ってなかった。 贈られてきたドレスは可愛らしい感じで。あの幼馴染の人なら似あうんじゃないかしらとため息が出る。 だけど。兄さまは褒めてくださった。 「すっきりしたドレスが、ロベリアは好きだし。 我が家では作ろうと思わないタイプのドレスだな。 だけど、すごく似合っているよ。公爵夫人が選んでくれたドレスかな?」 本当に似合ってる? 嬉しいわ。兄さまは嘘をつかないもの。 「・・・いいえ、令息が選んだらしいわ。 公爵夫人のお茶会に招いてくださるんだけど、令息の自慢ばかりなさるの。 わたしの誕生日にいただいた贈り物も令息が自分で選んだんですって。誠実な子なのよって言われたけど・・・」 「納得できないよな」兄さまは肩をすくめて、話題を変えてくださる。 「しかしそうか、ロベリアはこんなドレスも似合うんだな。 次の誕生日には、可愛いドレスを贈ろうかな」 「嫌な兄さま。誕生日が来たら14歳になるのよ。大昔なら、デビュタントの年齢よ。大人っぽいものが欲しいわ」 それくらい、このドレスは可愛らしいわ。似合わないと思って避けていたけど。頂き物だから仕方ないって理由で着れるもの。わたしは兄さまと別れてからもう一度、メイドに頼んで鏡を見せてもらった。 少しだけ、機嫌よく家を出たのに。 「とてもよく似合うね」 といった公爵令息の瞳は相変わらず冷めていて。 エスコートされ、初めて行った他家のお茶会では。 ”本当の”婚約者、と呼ばれた。 婚約者としての最低限の贈り物、最低限の観劇へのお誘い。もっともっと最低限で構わないわ。贈り物はいらないと言ったらだめかしら。 他の貴族家へ出かける月には、婚約者交流のお茶会を無しにするのはどうかしら。 お父様へ提案してみたけど。検討しておく、と言われただけだった。 公爵家側へ伝えてくれる気は無さそうね・・・。 「また贈り物か?対外的には大切にされている婚約者だな」 一緒に届いたカードを開くわたしに。揶揄う声のお父様。 届いたのは鉢植えが3つ。植物の部分は見えないようにふんわりと梱包されてる。 わたしの部屋へ持ち込むわけにいかない、見に来てほしい。と玄関ホールへ呼び出された。 お父様も兄さまも。報告を受けたのか。もういらしていた。 「休暇中に。領地へ行ったんですって。 領地の一番高い山にしか自生しないお花だそうよ」 そっと開けられた3つの植木鉢には、1本ずつ植えられた同じ植物。 それなりに太い茎はすぐに枝分かれして広がって。その枝にはたくさんの蕾がついている。 カードには、小さい字でたくさんにこの植物の説明。 下のほうから順に咲くそう。 一番大きい蕾はもうほんのりと色づいてるわね。 「お!?」 お父様は食い入るように植物を見ていた。 「・・・ロベリア。カードには、どうして送ってくれたか書かれているか?」 何か、特別な植物なのかしら? 「ええとね。あぁ。領地に興味を持ってもらいたいから、贈っておくようにと公爵閣下が仰ったそうよ。毎日ひとつ咲くから、長い期間楽しめるんですって」 「ふうむ。この植物からは、化粧品ができるんだ。花も実も種も使える。 しかし、栽培はうまくいかなくてね。他国から仕入れているから・・・売り出す商品は高価にならざるを得ない。 公爵領に自生しているなんて、噂にも聞いたことがないぞ。きっと、領地の外に出すのは厳重に管理されているのだろう・・・。 うん。公爵閣下と話をしてみよう。この花は、厳重に」 お父様は、その場の全員に口止めをして。庭師には花の世話を頼んでいた。 枯らしたら大変だもの。わたしも庭師に頼むはずだったから、助かったわ。 学園は15歳になる年齢までの3年間通う。 シュナイドー家ご令息はあと半年ほどで卒業する。 借金はすでに半分返済が済んでいた。 先が見えたわ。 後継ぎの結婚は早いことも多いけど。遅い方だっていらっしゃるわ。 婚姻を先延ばしにして、18歳まで婚約者のままでいれば。 全額返済からの婚約の解消が可能だわ。 年齢が高くなるほど、慰謝料も高くしてくれる契約にしたから。本当なら19歳まで伸ばしてほしいのよね。そうしたら、王都の目抜き通りにお店が持てるんだもの。 でもそれはあんまりよね。 ・・・毎月のお茶会は変わりなく続けられ。シュナイドー公爵家ご令息の対応は見事。 よくもまぁ。好きでもない女のためにこんなに献身的な態度がとれるわね、って感心しちゃう。 他貴族家の主催するお茶会へ、ふたりで出席しても完璧なの。 他のご令嬢には見向きもしないで、エスコートをしてくれる。 学園での噂を知っている人にはびっくりされちゃったわ。 「本当は仲がいいのね」ですって。 良くはないわ。でもそれでも。 ・・・ドレスや宝飾品も、都度都度贈ってくれるのよ。 わたしもそれなりに頑張ってきたから。 彼は公爵家跡取りとしてかなり努力をしてきたのだ、と分かってるつもり。 今では。早く婚約を解消してあげたいわね、と思えるほどには好感を持ってるわ。
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