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⑦ ロベリア
約束のランチが明日、に迫った日。
「聞きたいことがある」
お父様は執務室にわたしを呼び出された。
部屋にはすでに兄さまがいて、珍しく怒った顔をしてる?
お父様は前置きもなく仰った。
「ロベリア。・・・先方から婚約解消を言い出さなければ、このまま婚姻するよね?」
ええと・・・。リアトリス様の顔が浮かんで。公爵令息の顔が浮かんで。
お父様に、こちらからの解消をお願いできないか聞くつもりだったから・・・。でも聞けずにはいたんだけれど・・・。
返事をしないわたしに。
お父様は。
「ちょっと問題が持ち上がったんだ。
派閥の少女・・・あの幼馴染が、公爵令息は婚約を解消して自分と結婚する気だ。と。
・・・言ってしまったらしい」
噛んで含めるようにゆっくりと。そう仰った。
・・・つまりそれは。
令息がそう望んでいるということよね。
「だったらそうしてもらえばいいわ。これであちらの有責で破棄できるんでしょう?」
お父様はちらっとわたしをご覧になり、にやりと兄さまへ笑いかけられた?
兄さまははぁぁとため息をつかれる。
「お父様もそう思ったんだがなぁ」
思ったんだが?
お父様の言葉に首をかしげると、兄さまが続きを教えてくれた。
「公爵閣下自ら火消しに動かれた。
素早かったよ。
・・・令息本人はひとことも何も言ってない、と確認されてしまった。
証人まで連れてきて、釈明されたんだ」
むすりとしたままの兄さま。
「少女の勝手な勘違いだと話が済んで。彼女はすでに地方の男爵家へ嫁入りした。
・・・公爵ご夫妻は、よほどお前が気に入ったんだなぁ。
あれは、お前を逃がす気がないな」
お父様の方は嬉しそう?
「・・・ロベリア。公爵夫妻を誑し込んだ?」
兄さま。その言い方はどうでしょう。
公爵夫妻は良い方で。この先店を開いたら、きっと大得意先となってくれると思って・・・。
ええ。ええ。仲良くなろうと頑張ってたわよ!!!
令嬢らしくもなく、チッって言いたくなっちゃったわ!
余計なことをした時に言うのよね?
それを教えてくれた商会の従業員は、調和を乱すタイプの人で。
お父様は「大出世だ。君は明日から支部長だ!」
そう言って、たったひとりの山奥の支部へ送ったわ。
仕事はできるんだがなぁ、と仰っていたっけ。あの人は今頃どうしているのかしら。
婚約者を持つ令嬢になってしまってから、わたしは商会へ出入りさせてもらえないのよ。
部屋の隅をじっと見ていたけれど、視線を感じて・・・。
・・・あぁ。兄さま。
そんな目で見なくたって。自分でも現実逃避してるって気付いているわ。
情けない顔をしているだろうわたしに。
「公爵令息も誑し込んでくれないかな?」
た、た・・・。その言葉は婚姻する予定の相手に使われるとなんだか・・・。きっと真っ赤になってしまったわたしを。お父様ったらにやにやとごらんになるんだもの!
「ぜ、絶対無理です!!」
どうしても結婚しなきゃいけないなら、このままお互い干渉しない結婚でいいわ。
わたしが我慢すればいいんだもの。
下唇をつい噛んじゃって。
またも兄さまの視線を感じて顔を上げる。
・・・わたしをじっとご覧になっている?
でも兄さまは何も仰らない。
「可愛いわが娘なら、絶対無理なんてこと、無いさ。
お父様としては、是非やってほしいなぁ。
ロベリアはあの鉢植えを覚えてるかい?
化粧クリームの共同開発の話がうまくいっててねぇ。
やっと軌道に乗ったばかりだ。
どうせ、娘を差し出すなら。利用したいなぁ」
・・・貴族に生まれた以上。手駒として扱われることがあると知ってる。
家族のことより、家を守っていくことのほうが優先されなければいけないもの。
それでも本人に言うなんてあんまりじゃない?
酷いことを言ったはずのお父様はにこにこと優しげで。むっとする。
「婚姻してくれるなら、次期公爵も懐柔してほしいなぁ。
これ以上の後ろ盾はないよねぇ。
義父母にもあれだけ気に入ってもらっているんだもの。
実際、娘が婚約者だというだけで、この2年の我が家への貢献度は高い。
さすが腐っても公爵」
父様、その言い方はどうでしょう。
はぁぁ。とまたため息の兄さま。
「・・・今の状況で、ロベリアにまで見捨てられたら、あの令息には何にも残らないな。
婚約者としての対応はきちんとしてきた男だし。
可哀想だと思ってやれないかな?
少しだけ笑いかけてやるくらい、我慢してくれないか?
・・・家のために・・・仕方ないと。思って・・・。
ロベリアが頑張ってくれると・・・兄さまも・・・助かる、かな」
兄さまは。とっても嫌そうにそう言ってきた。
?
その態度は不思議だったけど。
・・・伯爵家のために。と言われるのなら。
それは、やり遂げないといけない話よね・・・。
「・・・期待は、しないでね」
そう言うと。
お父様はにっこり。兄さまははぁぁ、とまたも。ため息をつかれた。
・
週に一度のランチ。今日!
眠い。ばぁか。あほぅ令息!
文句言いながら料理をすると味付けが濃くなる。
でもいいはずだわ。お弁当だから。
お弁当は冷えるから少し濃いほうがいいんだもの。
「きれいなお弁当だ」と褒めてくれた令息は。
わたしが作ったというとびっくりして・・・お礼を言ってくれた。
公爵家の教育はすごいと思う。
派遣してもらった若い家庭教師から。自分が生きるために、どれだけの人間が関わってくれているのか。をまず学んだわ。
朝食の野菜ひとつとっても。種から育ててくれた人たち。王都の屋敷まで運んでくれた人たち。料理してくれた人たち。給仕してくれた人たち。
商会をもつ我が家だもの、流通のことなどは知っていたわ。
だけどこの勉強で教えてもらったのは、感謝するということ。生かされていると知ること。だからこそ領民のために生きなくてはならないという覚悟。
わたしに施されたものと同じ教育を令息ももちろん受けているはずで。
それでも・・・。
自分で作ったと言っただけで、早起きしたのだろうと言葉が返ってきたのにはびっくりしちゃったわ。
その上、あんまりにも素直にありがとうって言うんだもの。
なんだかほんとに照れてしまう。
・・・顔を隠してから。横を向く。嬉しそうにはにかんで。
頼むから見ててよ!わざとやってるんだから。
とりあえず胃袋。毎週何か作ってくるわ!
美味しい食事は心を掴むはずなのよ!
たぶん・・・。
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