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⑩ ロベリア
・ ・ ・
自室を出る前に。はぁあ、とため息が出てしまう。
行きたくないわ。
公爵令息が卒園してもうすぐ1年。わたしの卒園も迫ってきていて。
昨夜・・・わたしの次の誕生日が過ぎたら、すぐ結婚式だ。とお父様から聞かされた。
わたしだけ知らないうちに。準備はかなり整っていて。
今日はウェディングドレスの試着に。ご令息が迎えに来るのだという。
確かに1年以上前、公爵夫人とお母さまに好みを聞かれたっけ。
でもまさか、相談して作り始めていたなんて知らなかったわ。
結婚の準備は卒園してからだと思っていたのに。
「仕上げは自分の好みでよいように。と公爵夫人から伝言だったよ。
本当にロベリアは夫人から気に入られているな」
嬉しそうなお父様に早すぎて嫌とは言えなくて。ただ頷いた。
公爵令息は、卒園後。爵位を継ぐため実地の勉強を始めてて。
忙しいはずだから、交流のお茶会以外で会うことは無いと思ってた。
なのに・・・他家へのお茶会、観劇、街へ買い物に。と。
月に3回以上はお誘いがあったわ。
公爵家の馬車で。完璧なエスコートで連れ出してくれた。
どうしてすごく仲のいいふりをするのか、ずっと不思議だったけど。
・・・やっと昨夜、理由がわかったわ。
「お洒落してるね。デートかい?」
玄関ホールへ続く大きな階段を下りている時。
真正面の扉が開く。
帰って来たのは。
「兄さま!」
半年ぶり?やっと帰ってきてくれた!
嬉しくって飛びつくように駆け寄る。
兄さまは後継者として、商会の仕事で他国を駆け回ってる。
それでも以前はもっと頻繁に帰ってきてくれていたのに。
・・・お手紙だけでは寂しかったわ。
「とっても会いたかった!」
わたしは陽に焼けて逞しくなった兄さまを見上げた。
兄さまは目を丸くすると。
「ずいぶんとまぁ。ロベリアも大人になったんだねぇ」って言ったくせに。
わたしをリフトしてくるりと回してしまった。
「いやな兄さま!もう子どもじゃないったら!」
兄さまは。
「いや、だってね?
前回帰ってきたときには・・・あの時はひと月ぶりだったっけ?
”ちっとも帰ってこない兄さまなんか大嫌い”
が第一声だったんだよ?」
そうくすくすと笑う。
あぁ、兄さまちっとも変わらないわ。
「帰ってこられると知っていたら、今日のお出掛けは断ったのに」
「大丈夫。しばらく他国へは行かないよ。
ロベリアの結婚式まで、一緒にいたいからね」
そう・・・兄さまもとっくに聞いていたのね。それで帰ってきてくださったのね。
つい俯いてしまう。
「まだ迎えまで時間はあるんだろう?庭を見に行かないか?ロベリア」
優しい声には心配が入ってる。
「・・・僕たちが戻るより早くヘリオトロプ殿がいらしたら、庭へご案内してくれ」
侍女へそう伝え、兄さまは肘を差し出してくださった。
歩きながら兄さまは。わたしをもう一度、上から下まで観察する。
「彼はすっかりロベリアに夢中だな。
まぁ。お前を知って。好きにならない男なんか居ないと思ってたよ」
って。兄さまだけよ、そんなこと言ってくれるの。
確かに、贈ってもらったドレスと装飾品を身に着けてる。普段使いの控えめなデザインとはいえ・・・ご令息の瞳の色や髪の色が差し色に使われている。
でもね、兄さま。
これもすべてご令息の計画なのよ。
わたしが結婚しなくてはと歩み寄って。彼もそうしてくれたように見えているけど・・・違うの。
わたしが下唇を噛んでしまっても。
兄さまはなんにも聞かない。
視線で回りにいた侍女たちを下がらせると。反対の手で、肘につかまっているわたしの手をそっと叩いてから包んでくれた。
にっこりわたしをのぞき込む瞳はかなり笑ってる。
大丈夫?って聞いたら、わたしが怒ると思っているんだわ。もうそこまで子どもじゃないんだから!
・・・ほんと「兄さま大嫌い」
くすくす笑う兄さまに。わたしはとうとう。
「・・・好かれてなんていないわ」
と言ってしまった。
きっとがっかりさせるからと・・・ずっと言えなかったけど。
一度声に出したら、止まらなくて。
マナーが素晴らしいから、勘違いしそうになるけど。
好意を示されたことは一度も無いわ。優しくこちらを見てもらったことすら無いの。
瞳に感情が宿ったこともほとんど無いわ。どんな感情か見極める前に消えてしまうくらい一瞬。暗い影が差したことがあるだけ。
わたしを嫌っていることを。隠そうと必死なんだと思うわ。
政略だから。ご令息は公爵家のために我慢していたのよ。
公爵家の借金が無くなったら、婚約解消を言い出すか。
結婚して後継ぎだけ儲けたら、愛人を作るかするのだろうと思ってたわ。
だけど。
わたしには内緒にして結婚の準備がされていたと昨日聞いて・・・。
やっとご令息が何を企んでいたのかわかったわ。
どうして仲睦まじいふりをしたのかわかったわ。
彼はわたしと白い結婚をする気なのよ。
そうすれば公爵家はあの約束の多大な慰謝料を払わなくてよくなるし。
3年、我慢すればわたしを追い出せるもの。
貴族の結婚はそういうものだもの。
後継ぎが3年できなかったら、第2夫人を娶るか、離婚するかすることができる。公爵令息は堂々とわたしを追い出せる。
お父様には言わないでね。
あんなに嬉しそうなんだもの、申し訳なくって。
でも、大丈夫よ兄さま。
追い出されても伯爵家には帰ってこないわ。少しでもご迷惑をかけたくないもの。
小さなお店なら持てるはずなの。
ちゃんとお金は貯めているし。
黙って追い出される気だってないわ!慰謝料を払わせるつもりよ。
必死に早口で。一気に言ってしまうと兄さまは。
「ほぉん」
と呟いた。そんな言い方も声も初めて聞いたわ!
見上げるとすっごい悪い表情をしてる?
「・・・なかなか面白い展開だ」
何か呟かれたちょうどその時、案内されて公爵令息がやってくるのが見えて。
礼をとろうとしたわたしを兄さまはぐっと引き寄せる。
え?
「・・・・・。いいね?」
耳元で小さな声で。とんでもないことを提案されてしまったわ。
近くまで来た公爵令息は、いつも通り素晴らしいマナーで。
兄さまと、お久しぶりです。妹さんをお借りします。遅くならないうちに送り届けます。などと話し始めたけど・・・。
いったいどうしたのか、兄さまはわたしの腰を引き寄せたままで、挨拶を返しはじめた。
玄関でお迎えすべきだったのに申し訳ない。久しぶりに帰ってきたら、ロベリアがもっと可愛くなっていて離れがたくて。それに、この兄の好きな花を覚えていてくれて。一緒に見たいと言ってくれたものだから。
こんな失礼なことする兄さまじゃないわ。ずっと顔を見あげてしまった。
わたしへ視線を移した兄さまは。
「ロベリア。気を付けて行っておいでね」
そう言って、わたしの額にちゅっと音まで立てて口付けた。
ど。ほ。ほ、ほんとにど。どうしたの?!
7歳からもう、こんな・・・お休みの挨拶だってしなくなってたのに!
「そんなに真っ赤になって。可愛い子だね」という兄さまに礼をとって。
公爵令息が馬車までエスコートしてくれたけど。
・・・とうとう街へ着くまで。なにを話しかけられたのかも覚えてないわ。
いったい兄さまはほんとに。どうしちゃったんだろう。
・
その日。帰ってから、あの態度は何だったの?と聞いたけど。
兄さまは笑うだけで答えてくれなくて。
今日の令息の様子はどうだった?と反対に聞かれた。
「どうってべつに」
何か違うことはなかったかい?
「いいえ」
思い出してみても。なんにも変わらなかったわ。もちろん、行きの馬車だけはわたしの記憶が曖昧だけど。
「ふうん。面白い。流石は公爵家。それだけは認めるな」
???
説明してもらおうとしたのに。
お母さまが「気に入ってもらえたかしら?」とドレスのことを聞きたがって。
話は反れていってしまった。
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