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結)シュナイドー公爵家嫡男夫人ロベリア
結婚したら離れに住む、と言われたけれど。
卒園パーティに卒園式。伯爵家で最後の誕生パーティ。結婚式の準備。と。
・・・この短期間、わたしはかなり忙しく。ばたばたで。
その”離れ”の邸内を見に行く暇さえ無かった。
外観を遠目から確認しただけ。
かなり大きな邸のようだけれど。
それでも・・・離れ。
本邸に、わたしは入れてもらえない。
わたしを別邸に。本邸の方に幼馴染を住まわせる。そう決定したんだわ。
・・・ほんの少し。びっくりした。公爵ご夫妻は今も変わらずわたしを可愛がってくださっていたから。けれど・・・。
本心を出さないのは、公爵家では当然のことだったわねぇ。
・・・とうとう公爵夫妻も折れたんだわ。それもそうよね、後継ぎができなくては困るもの。
・ ・
結婚式が無事に済んで。披露のパーティを抜け出す。
兄さまは小さく手を振ってくれた。
「どうか白い結婚をお願いいたします」
公爵令息・・・いや、もう旦那様だわ。はわたしを抱えて、わたしの居間へ連れてきてくれた。
はじめて。部屋にふたりきり。
メイドを呼ばれる前に話をしないといけないわ。
馬車の窓は開いていたから、言えなかったんだもの。
彼が眉間にしわを寄せるのを初めて見た。
・・・兄さま。本当にこちらから言わなきゃダメだった?
彼の顔は明らかに強張ってて。
きっと。自分から言うはずだったのに、って怒っているんだわ。
あの日。兄さまに「じゃ、先にロベリアが白い結婚を提案するんだ。いいね」と言われて。
結婚式前日の昨日は、こう言いなさい。と練習までさせられたわ。
兄さまはすっごく楽しそうだった。
令息と白い結婚の契約をして、3年経って。帰れたら帰っておいで。と大笑いされた。
わたしには経営は無理だと思われてるの?
絶対お店を持ってひとりで生活してみせてやるんだから!
「君は何がしたかったんだ。そんなに私が嫌いなら。
侯爵家令息がいう通り、あちらと婚姻すればよかったはずだ」
相当、怒っているのね。旦那様の声は唸るみたいで。
わたしに先を越されて、白い結婚をと言われ。馬鹿にされたみたいな気がしてるのかしら。
こんな冷たい声は・・・初めて聴いたわ。
・・・あぁ、それで兄さまは提案してくれたのかしら。
ふふふ・・・うん。少しだけど、すっとしたわ。
あなたと結婚したくないのはわたしも一緒よ!
ざまをみなさい!
にっこり笑ってそう言ってやりたいわ。・・・だけど、無表情を貫くのがやっとだった。
「お分かりには、なりませんわ」
分かってほしくないわ。わたしの気持ちが今、ざわついていることなんて。
白い結婚の条件を話し合うつもりだったのに。兄さまと練習した言葉を伝えるはずだったのに。
・・・わたしはもう口を開けなくて。
怒った様子の旦那様は、部屋を出て行ってしまった。
・・・扉から反らした視線の先には、薄桃色のラグ。
デスクにドレッサーに・・・家具は同じ意匠で、ライトブラウンで。
壁紙は小花柄。カーテンも同じ柄のレース編み。
成人の年齢に達した淑女の部屋のはずなのに。飾り棚にはぬいぐるみ。
・・・この部屋を用意してくださったのは公爵夫人かしら。
わたしの好きなもの、好きな色。好きな模様ばかり。
「この部屋で過ごせるなら、きっと3年、我慢できるわ」
・ ・
本当なら初夜。
メイドはわたしをピカピカに磨き上げ。薄い夜着を着せてくれた。
甘い香りがする香油?を塗りたくられて。夫婦の寝室へ連れていかれる。
・・・なんだかこの部屋もいい匂いがするわ。
兄さまとの約束がなかったら、自室へ戻りたい。
でも。わたしには落ち度がないと示さなければならないそうで。
仕方なくベッドへ潜り込む。
ふわふわ。なんて大きなベッド。
ごろりごろりと感触を楽しむ。眠れるわけないわと思っていたのに。
昨日も遅かったし、今朝も早かったし。式にパーティーにと緊張しっぱなしで・・・疲れちゃって・・・。
待ってなくてもいいわよね。明日、話し合うことにしちゃえばいい。
それに・・・彼はとっくに本邸へ戻って。今頃、他の女性と会っているかもしれない。
・・・なんで胸がつきっとしたのかしらね。
でももういいの。・・・わたしはもうあなたの態度に悲しみたくないの。
ちっともわたしなんか好きじゃないくせに。わたしを大切そうに扱うのはやめてほしい。
・
体がふわっと揺れて。
隣にだれか・・・腰掛けた?
いやね、夢を見てるんだわ。
背中と、プラチナブロンド。その髪色はおうじさま?
「ヘリオトロプさま」じゃないわ。
・・・だけどもう。
わたしのおうじさまは「ヘリオトロプさま」なの。
「わたくしにも・・・あの方に笑うように微笑んでくださいませ」
学園で一度だけ見た・・・幼馴染へ向けた彼の笑顔を思い出す。
夢なんだもの、叶えてくれてもいいじゃない。
あんな風にわたしに笑ってくれたことはないもの。あれは何の気どりもない笑顔だった。
ふふ。ばっかみたい!
夢なんか見たくない。ぐっすり眠りたいと思ったのに。
「君は、私が好きなのか?」
あらいやだ。まだ夢は消えないの?
どうかしらね。はじめて会った時には心臓が止まるかと思ったけど。
おうじさまが立っていたんだもの。
・・・だけど。表情はまるで違ってて。
あの絵のようにわたしに優しく笑ってほしいと思い続けてきたかもしれない。
でもそんなこと。夢でもあなたに知られたくないわ。
「あなたはわたくしがお好き?」
「ああ」
この夢は。どこまで都合がいいのかしらねぇ。
兄さまと練習した言葉を思い出す。さっき言えなかったあれ。
”あなたがわたくしをお嫌いなのは承知しておりますわ。幼馴染の方がお好きなのでしょう?
わたくしさえ居なかったら、今頃お幸せになれたはずですもの。恨まれているのは・・・当然ですわ。
でも。わたくしはあなたのそばにいたいんです。
お役に立ちますから・・・せめて3年だけでも。そばにおいてください”
目を閉じて。ぼろぼろと泣き続ける。
涙はタダだもの!しかも使えるのよ!
胸の奥がざわざわとして。そのせいで涙が出ているわけじゃないわ。
これはウソ泣きなんだもの。ウソ泣きも効果的だぞって兄さまが言ったんだもの。
「男は涙に弱いから。白い結婚の条件が甘くなるはずだ。たっぷり慰謝料をもらう条件にするために」彼が好きだと嘘をつくんだよって兄さま笑ったの。
旦那様はそっとわたしの肩を抱く。
その優しい手にどきりとする・・・リアトリス様を思い出す。
同じくらいに優しい手つき。
薬が効きすぎたのかしら?
大丈夫よ。ウソ泣きなの。心配しないで。
息が止まりそうに胸が苦しいけど。ただ、泣いたふりをしたからだわ。
旦那様がわたしを見てる。
その瞳には、はじめて気付く感情。わたしに向けられてる?
いやだ。この光は少しも優しくないわ。昏くて重い?
少しだけ、頭がはっきりしてくる。
旦那様の顔は間近に・・・はぁ、と吐く息が熱くって。
嫌!
「後嗣を・・・産む気はありません。ご無理なさる必要はないのです」
好きでもない女性を。男性は抱けるのだと習ったけど。
・・・わたしは嫌。
いざとなったら、引っ叩いてやるわ!
そう、逃げる覚悟をしたのに。
「私のことが好きなのだろう?」
囁かれたその声が甘くてびっくりする。
・・・声は甘いのに・・・どうして瞳はそんなに昏いの?
そんなに・・・見つめないで!
瞳に感情がある。
胸が苦しい。その瞳はちっとも優しげじゃない。
「・・・君だけを愛すると誓う」
宣誓するように自分の胸へ手を当てるしぐさ。
愛する・・・ってただただ優しいものなんだと思ってた・・・。
あなたの愛は優しくないのね。
・・・どうしてそれなのに・・・。
あぁ、もうだめ。
わたしは子どもみたいに手を伸ばして、ヘリオトロプ様に抱き着く。
どうしてそれなのに。
「嬉しい」
のかしら。
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