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④ シュナイドー公爵令息
ソルティン伯爵令嬢は、我が家へよく来ているらしかった。母上や、時々には父上も加わってお茶の時間を過ごしたりしているらしかった。
なぜ、伝聞かというと。
私は、その席へ呼ばれたことがないからだ。
私とソルティン伯爵令嬢は、決められた交流以外で会うことがないのだ。
いつだって、彼女の私に対する態度は淡々としている。
こちらが不快になる態度をとられたことはないけれど。幼馴染が私に向けてくれるような好意は、一度も感じたことがない。
私も彼女も、これは政略だと割り切っている。
私とは最低限の交流でいい。そう彼女も望んでいるのだ。
ソルティン伯爵令嬢の所作にはますます磨きがかかっている。
優秀なご令嬢だ。
私との婚約が解消されれば。
他のご令息から。他の貴族家から。婚姻を望まれるのは間違いないだろう。
我が家は借金のため。伯爵家は公爵家との縁づきを。
家のための婚約に、私たちの気持ちなど必要がない。
・・・私と婚姻など。彼女はしたくなかったはずだ。
この婚約がなくなれば、彼女は喜ぶのじゃないだろうか。
解消に応じてくれるかもしれない。そうすれば、私の初恋は叶う。
・・・一度考えはじめると止まらなくて。
学園で。家の者が居ない場所で。じっくり彼女と話してみたいと思った。
私は初めて。学年の違うソルティン伯爵令嬢の教室へ、足を運んだ。
・ ・
最初。
誰だか分らなかった。
学園で見かけたソルティン伯爵令嬢は。私の知る彼女とまるで違った。
楽しそうな笑顔。あんなにも明るく笑う女性だったのか。
男女数人の中心にいる彼女は右へ左へ友人の顔を覗き込み。表情をくるくると変える。
一番近くに座っている令息は、ソースベリ侯爵家の嫡男ではなかったか?その優し気な瞳は明らかにソルティン伯爵令嬢に好意を持っている。
私の望みは、叶うかもしれない。
そこへ声が聞こえてきた。
「ロベリア嬢は達観しすぎだよ」
それは侯爵家嫡男の声で。呼んだのは、ソルティン伯爵令嬢の名前だった。
「そうかもしれないわね、リアトリス様。でも仕方ないわ」
仕方ない。それは私との婚約のことだろうか。悲し気に眉を下げる彼女に。
令息は手を伸ばし、頭をなでる。
「まあ、いやね。子ども扱いしないでよ」また笑う彼女の声は幸せそうだ。
なのに。
私が近づき、話しかけたとたんに彼女の笑顔は消えた。
「ソルティン嬢」
呼びかけた私にもうひとり、隣にいた少女が反応する。
私は貴族年間を頭の中で捲る。
あぁ、彼女はソルティン子爵家ご令嬢だ。
そちらへは軽く会釈し。婚約者のほうを改めて見る。
「今日、ランチを一緒にいかがかな」
まさかここで話すわけにもいかない。
何も考えず、彼女はひとりでいるものと決めつけて、やってきてしまっていた。
立ち上がり「ありがとうごさいます」と淑女の礼をとった彼女は。アルカイックスマイルを見せた。
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