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⑤ シュナイドー公爵令息
急いで侍従に軽食の用意を頼み。
昼食の時間に、また彼女の教室へ行く。
そこには、ソルティン伯爵令嬢がひとりで待っていてくれた。
美しい姿勢で・・・私のほうをゆっくりと振り向く。
学園では、授業中に侍従、侍女を連れることは推奨されない。
しかし、休み時間は別だ。
・・・彼女は侍女を呼び寄せなかったのか?
それに。
ここまで、教室に人が居なくなるものなのだろうか。
くるりと見回した私に。
「クラスの方たちのほとんどが、食堂へ行かれますの。
今日は特に、皆様気を使ってくださったようですわ」
彼女は勘もいいらしい。私の疑問の答えをくれた。
ならば・・・。
「この教室で食事をしてもかまわないかな」
ソルティン伯爵令嬢がはいと頷いたので、侍従に食事をセットさせる。
向かい合って座ると、お茶会の時より距離が近い。
公爵家のテーブルより、机のほうが小さいからな、と当たり前のことを考える。・・・彼女の白い肌はつやつやとしていた。
「ご友人が多いんだね」
友人にはあんな顔をするのに。また私の前ではアルカイックスマイルか。
「はい。皆様にはよくしていただいておりますわ」
そんなことは聞いていない。
「名前を呼ばせているのだね」
どうしてこんなことを私は聞いているんだろう。
「いとこも同じクラスですし、わかりづらいので。そうしていただいておりますわ」
そうだ、同名の従属爵位をお持ちだったな。
いとことは。先ほどの・・・ソルティン子爵家ご令嬢のことだ。
学園では爵位を自分から名乗らないという暗黙の規則があるので。ファミリーネームでは区別しづらいのだろう。
そういえば。婚約者となってからも、私は彼女を家名でしか呼んでいない。
「私もあなたの名をよんでいいだろうか」
「・・・光栄でございます」
逡巡があった。彼女には珍しい失態だ。
・・・そんなにも私に名を呼ばれるのは嫌なのか?
自分でも、しまったと思ったのか。ソルティン伯爵令嬢は扇で口元を隠した。
そうして黙ったまま、何も話そうとしなくて・・・。
婚約者交流のお茶会では、卒なくいろいろな話題を提供してくれるというのに・・・。
珍しい沈黙の時間がいたたまれなくなってくる。
私との昼食はそんなに苦痛なのか。
「・・・ロベリア嬢」
呼びかけると彼女はびくっとした。
・・・私から名前を呼ばれることも、嫌なのか?
「週に一度は、こうやって昼食を。一緒にとってくれないだろうか」
つい。提案する。
なんだかもっと困らせてやりたかった。
「もう半年も経たないうちにシュナイドーご令息様はご卒業ですもの。
試験や課題はこれからどんどん増えると聞いております。
お忙しくなられますのに、そのようなお手間をとっていただくわけには参りませんわ」
その声音には何の感情ものっていなかったけれど。
・・・やはり嫌なのか。
「あなたが卒園し、最初の誕生日を迎えれば、私たちは婚姻することになる。
私が学園で過ごすのもあと少し。婚約者として、学園での思い出も作れないだろうか?
食事はこちらで用意するから」
断られてむっとしたのもあるけれど。
もう少し仲良くならなければ、あの男が好きなのか?とも聞きにくい。
それには、会話をしなくてはならない。だから、提案しただけだ。
「・・・承知いたしました。ただ・・・。食事はわたくしにご用意させてくださいませ」
彼女には、嫌いな食べ物があるのかもしれない。
・・・私はそんなことも知らないのだな、と思いながら頷いた。
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