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⑥ シュナイドー公爵令息
2学年の校舎を出て。
自分の校舎へ戻る。
入り口にピンクブロンドの髪を確認して。私は小柄なその女性に声をかけた。
「まぁ。ヘリィ。どこへ行っていたの?
一緒にお昼を食べたいと思ってたのに」
ぷっと不満そうに頬を膨らますはとこ・・・幼馴染は。とても可愛い。幼いころの愛称のまま私を呼ぶ。
「それはごめんよ。今日は少し用事があったものだから」
私はサロンと呼ばれる小部屋をひとつ。年間契約しているから、友人たちとそこで昼食をとっている。
幼馴染とは約束をしているわけではないけれど。お昼に彼女を見かけると、一緒にどうかと誘うのが常になっていた。
そして。それはほとんど毎日のことだった。
幼馴染は隣の教室だが、休み時間のたびにほぼ毎回私のところへやってくるし。
引っ込み思案な彼女は、学園には仲のいい友人が居ないらしくて。私を頼りにしているから。
幼馴染は私の後ろを・・・つまり、2学年の校舎のほうを見る。
「婚約者の方に・・・会いに行ったの?」
ロベリア嬢のところへ行ったと、知っていたのか。思っただけなのか。
「・・・仲がいいのね?」
と。不満そうに下を向いた。
可愛い。やきもちだろうか。
幼馴染は。ロベリア嬢より背が低い。髪はピンクブロンドの巻き毛。
私と同じ公爵家血筋の瞳を受け継いではいるのだけれど。その色はかなり薄い。赤というよりはオレンジ色に近い。
子どものころと変わらずに、距離が近くって。今日もまた、平気で私の腕につかまってしまっている。
ふっくらとした胸があたると、はじめて気付いた時。もうやめたほうがいいとやんわりと言ったのだけれど。
・・・彼女はいつまでも可愛らしくて。男の気持ちなど想像もできないらしい。
「あらどうして?」とちっとも気にしていない。
あまり止めろと言いすぎて、下心があると受け取られるのも嫌で。
彼女の態度を窘めることが出来なくなってしまっている。
「今日も一緒にお昼を食べてくれると思って。ヘリィをずっと探してたのに」
小さな声はすごく悲しそうで。
「まさか、お昼を食べていないの?」
悪かったなぁ、と顔を覗き込む。ひとこと、伝えてから行けばよかった。
急に軽食を準備をさせたから、間に合うかと焦って。すっかり幼馴染のことは忘れてしまっていた。
「いえ、大丈夫よ。ご友人が誘ってくれて。きちんと食べたわ」
とすぐに機嫌をなおして、にっこり笑う彼女は可愛い。
「だけど、ヘリィと一緒のほうがいいわ。
明日からはまた一緒に食べてくれるわよね?」
ちょっと寂しそうに私を見上げてくるから。頬が緩んでしまう。
私を好きだと全身で言ってくれる。嬉しい。
「明日は大丈夫だが、来週はだめなんだ」
目を伏せた幼馴染は。
「また、あの人と食事するということ?」
悲しそうで・・・私も悲しくなる。
つい。
「実は」とこっそり教えてしまった「婚約についての話し合いをしようかと考えているんだ」
幼馴染には、事情のある婚約だということは伝えてあった。
「まぁ!
・・・でもそのあと。どうするの?」
解消を考えているとわかってくれたようだけれど。
その質問に、正直に答えるわけにはいかない。
「ちょっと考えていることはある」
と濁しておいた。
ふうん。と少し嬉しそうに頷いた幼馴染は。
「それなら。
・・・わたし。
卒園後はヘリィのとこへ・・・公爵家へ行儀見習いに行こうかしら」
と。もっと私の腕に縋り付いてきた。
それはいいな。
幼馴染は、私と同じ年だ。一緒に卒園する。
婚約者でもない彼女とは、会う機会がずっと減ってしまうだろう。
だけど。
私専用の侍女にしてしまえば、毎日のように会える。
・・・そばに置くことができる。
「行儀見習いは必要だね」
無難な言葉を返すけれど。
彼女は、私がそれを望んでいるとすぐに気付いてくれたようだった。
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