〈罪〉

2/8
前へ
/9ページ
次へ
「ご機嫌ね」  いつものように、ふんわりとした笑みを浮かべ、間宮先生が言った。スクールカウンセラーの間宮先生は、私に関わろうとする唯一の人間だ。  だけど分かっている。先生にとって私は「観察対象」なのだ。過去に「いじめられっ子」とラベリングされた私は、今でも時々カウンセリングルームに呼び出され、「観察」される。ただそれだけだ。 「最近どう?何か困った事があったら言ってね」 「大丈夫です。毎日、楽しいです」  お決まりの質問に、お決まりの返答。心の中で呟く言葉も、お決まりだ。  もし困ったことがあったとしても、あなたには頼りません。自分でなんとかします。だって、あの頃、誰も私を守ってはくれなかったじゃない。  他人を信じたら馬鹿を見る。それはかつて嫌というほど思い知らされた真実だ。 「じゃあ、失礼します」 「待って、水谷さん」  頭を下げた私に、先生は1冊のノートを差し出した。 「私のところに来る子には、全員、渡しているの。自由に使っていいわ。書くことで楽になることもあるでしょう」 「…ありがとうございます」  ノートを受け取り、先生に背を向ける。 「また、話しましょう」  一体何を話すというのか。心の中で、ぐしゃりとノートを握り潰す。教師なんて皆同じだ。優しい顔で近付いてきながら、こちらの意見など聞かず、自分の都合の良いように物事を進めようとする。  廊下へと一歩踏み出した瞬間、誰かとぶつかった。 「ご、ごめんなさい」  知らない生徒だ。長い髪をかき上げ、必死な顔で、ペコペコと頭を下げる。私は何も言わず、彼女の横を通り過ぎる。 「ダメよ、ちゃんと確認しなきゃ」  背後から先生の声が響いた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加