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「ご機嫌ね」
いつものように、ふんわりとした笑みを浮かべ、間宮先生が言った。スクールカウンセラーの間宮先生は、私に関わろうとする唯一の人間だ。
だけど分かっている。先生にとって私は「観察対象」なのだ。過去に「いじめられっ子」とラベリングされた私は、今でも時々カウンセリングルームに呼び出され、「観察」される。ただそれだけだ。
「最近どう?何か困った事があったら言ってね」
「大丈夫です。毎日、楽しいです」
お決まりの質問に、お決まりの返答。心の中で呟く言葉も、お決まりだ。
もし困ったことがあったとしても、あなたには頼りません。自分でなんとかします。だって、あの頃、誰も私を守ってはくれなかったじゃない。
他人を信じたら馬鹿を見る。それはかつて嫌というほど思い知らされた真実だ。
「じゃあ、失礼します」
「待って、水谷さん」
頭を下げた私に、先生は1冊のノートを差し出した。
「私のところに来る子には、全員、渡しているの。自由に使っていいわ。書くことで楽になることもあるでしょう」
「…ありがとうございます」
ノートを受け取り、先生に背を向ける。
「また、話しましょう」
一体何を話すというのか。心の中で、ぐしゃりとノートを握り潰す。教師なんて皆同じだ。優しい顔で近付いてきながら、こちらの意見など聞かず、自分の都合の良いように物事を進めようとする。
廊下へと一歩踏み出した瞬間、誰かとぶつかった。
「ご、ごめんなさい」
知らない生徒だ。長い髪をかき上げ、必死な顔で、ペコペコと頭を下げる。私は何も言わず、彼女の横を通り過ぎる。
「ダメよ、ちゃんと確認しなきゃ」
背後から先生の声が響いた。
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