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長い髪が、目の前で揺れている。
昨日ぶつかった彼女は、転入生だったらしい。青野、という名の彼女は私の前の席に指名された。そしてどうやら少々鈍感なタイプらしい。「あいつの前なんて可哀想」ひしひしと伝わるそんな空気に気付かず、昨日と同じ必死な顔で私にメモを回してきたのは、3限目の終わりの事だった。
「今日、お昼、一緒に食べてくれますか?」
几帳面な角ばった字で、メモにはそう書かれていた。
昼休み。チャイムの音と共に、私は席を立つ。教室を出る間際、クラスの女子達が私の前の席へと駆け寄っていくのが見えた。
構わず私は食堂へと向かう。わざわざ私なんかと一緒に食べる必要などないのだ。クラスメート達が私に向ける嫌悪と恐怖に、すぐに彼女も気が付くはずだ。
廊下を曲がった所で、腕を掴まれた。
「あの、私も一緒に行っていいですか?」
転入生だ。追いかけてきたのか。私は驚く。
「あ、あの、私…」
消え入りそうな声で、彼女は言う。
「かっこいいって思ったの。水谷さんのこと。休み時間とか、移動教室の時とか、水谷さん、一人でいても堂々としてて…。私そういうのすごく苦手で…」
かっこいい?私が?彼女の言葉が、頭の中をぐるぐると回る。
「いじめられてたの、私。前の学校で。いつもびくびくして、周りに合わせることに必死で、だけどそういうの全部、見抜かれてて、結局いじめられて…。私、思ったの。変わりたい、水谷さんみたいになりたいって。だ、だから…私、水谷さんと友達になりたいなって…」
「友達…」
それがどんなものか私は知らない。それから、ふわふわとくすぐったいこの感覚も。
「こ、こんな私でも、仲良くしてくれたら嬉しいです」
震える手を握り、真っ直ぐ私を見つめる彼女に、私は頷いていた。
舞い上がっていたのだ、私は。初めての感覚に。彼女の言葉が、真っ直ぐな瞳が、偽物だと疑わぬほどに。
翌朝の事だ。
私の机の上に、ノートが置かれていた。間宮先生からもらったものだ。
何故、ここに?机の中に突っ込んだままになっていたはずだ。
嫌な予感に、私はノートを捲る。
「バカ」
「キライ」
「生きている価値のない人間」
「この世から消えろ」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
ノートいっぱいに文字が並んでいた。
見覚えのある、几帳面な角ばった字だ。
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