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「そんなはずはありません」
手に持ったままのノートを、私は先生の前で開いてみせる。
「これは、青野さんの字です。このノートがいじめの証拠です」
「ノートね」
先生は困ったように眉を寄せる。
「このノートは彼女のノートよ。言ったでしょう。いじめに遭った子達には全員、渡しているの。青野さんはただ、自分のノートに吐き出していただけ。自分をいじめた人達への、昏い気持ちをね。それを勧めたのは私よ。そして私は、彼女がカウンセリングルームに忘れていったこのノートを、彼女の机の上に置いた。…つもりだったのだけど、ごめんなさい、あなたの机に置いちゃったみたいね」
「…嘘。だって青野さん、ごめんなさいって…」
謝ったという事は、自分が悪い事をしたと認めたという事だ。
「思い込んだんでしょうね、彼女は。自分が間違えて、酷い言葉を書いたノートをあなたの机に置いてしまったのだと」
「嘘だ!」
私は叫ぶ。間違いなど、あり得ない。
「青野さんは死んだ!私の力で!『いじめる人間』を殺す、この能力で!」
それはつまり、彼女が「いじめる人間」だったという事だ。
「だから、それも間違っていたのよ」
憐れむような目で、先生は私を見る。
「疑問に思ったことはない?『いじめた』『いじめられた』なんて、主観でしかないでしょう。あなたの力はどうやって『殺す人間』と『殺さない人間』を区別しているのかしら」
「それは…」
「私はずっと疑問を感じていた。だけど今回のことで分かったわ。あなたが持つ力は『いじめた人間』を殺すのではない。あなたが『いじめた』と信じている人間を殺すのだと」
これまでの事を思い出す。
時々、条件を満たしても死なない人間がいた。私はそれを「直接手を下していない人間」だからだと思っていた。だけど、それは私が「いじめた」ことを確信出来なかったからだとしたら…。
「どう?これで分かったかしら?青野さんは、あなたをいじめてなんかいなかった」
「いじめてなんか、いなかった…?」
血に染まり、倒れている彼女を、私は呆然と見つめる。
彼女は私をいじめてなどいない。
なのに、私は彼女を殺してしまった。
『こ、こんな私でも、仲良くしてくれたら嬉しいです』
震える手を握り、真っ直ぐ私を見つめた彼女を、ふわふわとくすぐったいあの感覚を、私は思い出す。
「言ったでしょう?ちゃんと確認しなきゃって」
先生の手が、私の肩に置かれた。
『ねえ青野さん。教えてあげる。人を傷付けたら、取り返しがつかないって』
取り返しがつかないことをしてしまったのは、私の方だ。
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