ヒトダスケ

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ヒトダスケ

「どういうことだ、近藤さんっ⁉ あんた、正気か‼」  早朝から、耳を劈くような怒声を響かせているのは、新選組屯所の大広間である。  怒声の主は、副長を務める土方歳三。怒声を浴びせられている方は、局長の近藤勇だ。 「こんな朝っぱらから、組長連中集めて話があるっつーから、たまにはまともな話でもすんのかと思って聞いてりゃ、冗談じゃねぇぞ。何考えてんだ、あんたって奴は‼」 「いや、落ち着け。 そんなに怒らなくてもだな……。 まずは、俺の話を最後まで……。」 「だいたいな、どっからんな考えが浮かんでくんだよ! 前々からな、いつか言おう、いつか言おうと思ってたんだがな……。」  近藤の話を、ろくに聞かず、土方は怒鳴り続ける。これから始まるであろう、長い長い彼のお説教を、唯一、阻止する者がいた。 「土方さん、ねぇねぇ。 そんなに怒ってると、額に皺ができちゃいますよ?」  頭に、血をのぼらせ、怒る相手に、平気で揶揄うような言い草で話せるこの男は、一番組組長の沖田総司。新選組一の剣の使い手であり、随一の甘えたでもある。 「うっせぇんだよ。 てめぇは黙ってろ! 一々と口挟んでくんじゃねぇーよ。」  かなり苛立っている土方は、沖田をも、怒りの矛先の照準へと定める。 「あぁぁぁっ! 酷いなぁ、酷いよ~。 少しくらい私の相手をしてくれたって良いのにぃ。」  頬を膨らませる沖田を、土方はにらみつける。 「ガキンチョは、猫と遊んできやがれ。」 「はははっ、土方さん、土方さんっ! 私はガキじゃないけど、近藤さんの話を、ちゃ~んと最後まで聞かないで、顔を真っ赤にしている、土方ってガキなら知ってるよ?ねぇ、そうだよねぇ、平助君。」  沖田は、悪戯気な満面の笑みを、平助こと、八番組組長、藤堂平助に向ける。 「えぇぇっ‼ ぼ、僕に、白羽の矢を立てるんですか⁉ そ、そういうことは、斎藤さんが適任ですよ。ね、斎藤さん‼」  まだ、幼さが残る藤堂の顔が、苦悶の色に染まる。 「俺は、思ってはいない。」  三番組組長、斎藤一は、焦ることなく冷静に答えた。その言葉を聞いた藤堂は、(あぁ、良かった。)と、安堵の息を漏らす。  この斎藤という男、常に冷静沈着で、物事を正しく判断することが、特にできる男である。その為、思うことを、すぐに顔に出してしまう藤堂は、自分に不利な話を、全て斎藤に丸投げすることにしていた。 「ほ~らみろ。 総司、やっぱてめぇの方が、ガキなんだよ‼」  土方は、勝ったと言わんばかりの誇らしげな顔で、沖田を見つめる。 「……。 ねぇねぇ、斎藤さん。 思ってはいないっていうのは、何を、どういう風に思っていないってことなのか、もう少し分かりやすく教えて欲しいな。」  ただ、この斎藤、どうにもならない点が二つだけある。 「ん? すまない、分かりづらかったのだな。 俺は、土方さんが、ガキのようではないと思わないと、言ったつもりだったんだが……。 これで、分かりやすくなったのか。」  それは、空気を読めず、言葉足らずだということである。 「斎藤さんっ⁉ 火種に火付けちゃ駄目じゃないですか! 今、折角良い感じになってたのに!」  藤堂は、恐る恐る、土方に視線を向ける。土方の切れ長の目は、尋常ではないくらい吊り上がっていた。その顔は、さながら般若の面そのものである。 「斎藤ぉぉっ、てめっ……。」 「ははは、やっぱり土方さんがガキだって、皆も思ってたみたいだね。」  土方から、一本取った沖田は、満面の笑みを浮かべている。 「総司……。」 「なぁに、土方さん。」  まさに、一触即発、という空気の中、1人の男が口を開いた。 「もう一度よぉ、近藤さんの話、聞いてみようや、な、土方さん。」  彼は、十番組組長の原田左之助。槍の使い手であり、このように、新選組の内部が機能しなくなった際に、諭しながら軌道修正を行う役割を担っている。 「そうだよ、じゃねぇとさ、話が進まねぇよ、土方さん。」  原田の次に、口を開いた男は、二番組組長の、永倉新八。別名、「がむ新」、がむしゃらに、何事にも突っ込んで行くことから、そのような愛称を持つが、要するに、勇気を持った阿呆である。  そんな彼らに促され、土方は喉元にこみあがってくる、苦々しいものを飲み込み、代わりに大きな溜息をついた。  それを見届けると、副長格と並ぶ総長を務める、山南敬助が、近藤に「お願いします。」と、頭を軽く下げ、話を続けるよう頷いてみせる。  近藤は、組長一人一人の顔を見渡し終えると、息を吐き出してから話を始めた。
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